つわものどもの夢の中
つわものどもの夢の中 1
ピストルの音が鳴り響くと同時に駆け出す。
最初の競技、100メートル走。隣を走るのは
ギリギリまで競ったあげく、ゴールテープを切ったのは俺だった。
1着こっち、と1と書かれた旗を持つ
「早いね、君」
声をかけたのは2着の宇山を連れてきた池谷先輩だった。宇山は歯をギシギシ言わせている。
「ぜってー認めねーからな」
「座って」
さすがに上級生のいうことだから聞いたものの、宇山はその後も俺をにらみつけていた。
退場したところで澄香が手を振っているのが見えた。牧羽さんもいるし、篤志も気づいたようでそちらに向かった。
「元気ー、すごかったよー」
持っていたデジカメの画面を見せてくる。必死で走っているせいか、俺も宇山もひどい顔だった。
「あんまり身内撮ってると大変なことになるわよ。メモリとか仕分けする時とか」
牧羽さんに指摘されて、そうだね、と澄香は笑う。
「お前ら何してんだ」
急に声をかけてきたものだから「わあ!」と飛び退いた。
「部活で新聞作るときに参考資料にするんだよ。後号は運動会の当日の記事だから」
「っていうかいつからいた!」
ひょっこり現れた宇山は、解説してくれた篤志にも質問した俺にも目をくれず、澄香の持つデジカメに視線を注いでいる。
「……2年生始まっちゃうから君のだけ」
澄香はぱっと見せてすぐにカメラをレースに向ける。牧羽さんが邪魔だからつまみ出して、というので、篤志と2人がかりで連れ出した。
応援席に戻ると、「あれ?」と聖斗に首をかしげられる。
「写真係は?」
「邪魔が入った」
親指で宇山の方を指す。同じクラスなので篤志になんとかしてもらうことにした。
「邪魔といえば、昨日はバカ兄貴がお世話になりました」
聖斗がぺこりと頭を下げる。
「結果オーライだから」
叶内先輩が入ってこなければ、いつ言い出そうか困っていたのだ。あのタイミングですら納得してもらえなかったのに、太田先生がロッカーのことを話していたところで流れをぶった切っていたらと思うと、一応感謝はしている。
全学年の100メートル走が終わると、1年男女のダンボールキャタピラになる。大きな輪状の段ボールの中で、男女2人組でハイハイをしてゴールを目指す競技だ。
俺のペアは
「蓬莱君、手抜いたら容赦しないからね」
怖いから頑張ろう。後ろにいる叶内・
想像通り、俺たち蓬莱・愛敬ペアは怒濤の勢いで段ボールの内壁を押し、バトンタッチした叶内・汐田ペアは汐田さんの叱咤激励と、聖斗の悲鳴が聞こえるほどキャタピラが転がっていく。彼らのおかげで追い上げた。
「続いて、2年女子による、追いかけ玉入れです」
ダンボールキャタピラから退場すると、放送がかかる。入れ替わるように、かごを背負った先頭に続いて2年生の女子が入場してくる。
「みなさんが追いかける団長、副団長さんを紹介しましょう。
赤組応援団長、鶴岡洋太さん」
「頑張れー」と赤組応援団から声が上がる。篠田先輩が、ポンポンを頭の上で振り上げていた。
「白組応援団長、
本人はそれほどでもないが、応援団はわーっと歓声を上げた。我が白組の応援団長なので応援してあげよう。それに、夏休み明けに顔を合わせたときは、応援団長になったことで頭を抱えていたくらいだし。
少なくとも俺たち一介の生徒から見る限りは頼れる応援団長だった。そりゃ、サッカー部の部長やってたくらいだからな。
「青組応援団長、
野太いはやし声が響く中、本人までもVサインを決めている。青組応援団のインタビューに行った牧羽さんと冬樹先輩が疲れた顔をして戻ってきたのを思い出す。
「黄組応援副団長、
轟く声が響く中、ひときわ「吉崎ー!」と叫ぶ黄組応援団長、
黄組応援団のインタビューに行ったとき、葉山先輩は追いかけ玉入れに出たかった、ということを話していた。
「団長を追いかけるんだから当然出たいよ。
でもさ、黄組以外全員団長が男子でさ、いくらあたしが男子について行ける、大丈夫! って言ってもさ。追いかける側の2年生があたしに集中攻撃したり、あるいは逆に遠慮するってことも考えられるじゃない?
先生たちもそういうことを考えた結果、黄組は副団長の吉崎が出ることになりました!」
葉山先輩は吉崎先輩のほうに拳を伸ばした。
「ということで、吉崎、頑張れよ!」
「おう!」
吉崎先輩が拳を当てて応えていた。
開始のピストルが鳴り、一斉にかごを背負った生徒が逃げ出す。
応援の声に混じって、一部の男子から怯えたような声が聞こえる。
青のカゴをひっつかみそうな勢いで迫って大量の玉を入れている
獲物を狙う鷹のように狙いを定めて凄んでいるところで、回り込んで玉を入れている
普通に見ていても女子らしからぬ野太い声を上げて走り回っているし、敵も味方も関係なく玉が飛んでくるので身の危険は感じる。
後ろから「吹奏楽部の意地を見せろ
向こうの方で「負けるなきぬやーん!」とデカい歓声が沸き起こる。発起人はおそらく卓球部たちだろう。名前を呼ばれたせいか
応援しながら、四方八方に飛び交う玉を見て4人の団長と副団長、そして場外に出てしまった玉を投げ返す球拾い係の生徒たちを心の中で労った。
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