手紙を入れたのは誰 6
もし、たまたま手紙が席の近くに落ちていて、たまたま通りかかったとしたら? 近くの席の人のものだとは考えるかもしれない。さすがに中身を見るのは気が引けるだろうし、かといって捨てていいのかも判断がつかない。
周囲に人がいれば持ち主かどうか聞けばいいのだ。教室内に誰もいなかったから、黙って机の中に入れた。あるいは本人に聞ければよかったのかもしれない。
「そうだよ」
答えると、本田先輩は、山口先輩の方に向き合う。
「違ったんだね。ごめん」
山口先輩は、あんぐりと口を開けたまま俺たちを見つめている。
最初は俺も信じられなかった。
だって手紙を入れた人と書いた人が違うかもしれない、だなんて。
でも、本人に肯定されれば、目の前の事実をありのままに受け入れるしかない。
クラス割れの原因を起こした手紙を書いた人物は誰なのかはわからずじまいということも含めて。
「そんなの納得がいかない!」
山口先輩が叫んでこちらに向かってきた
大林先輩は魂が抜けたように焦点があっていない。
「そんなのアリ?」と根岸先輩がぼやく。
「時間を返せ!」
「あんまりだよ!」
鶴岡先輩や福原先輩も立ち上がる。
「こんな茶番にイチカは巻き込まれたわけ?」
「完全に被害者だよね」
児玉先輩も池谷先輩も怒りをあらわにしてこちらを見る。
「やっぱ無理だったか」
坂巻先輩は虚ろな目をしていた。
「私も、完全に疑いが晴れたわけではないですよね」
小野先輩までにも上目遣いで澄香を見ている。小野さん、と言いかけて加隈先輩はこちらをにらんだ。
「今までの話は何だったの!」
昆野先輩は大粒の涙を流した。
俺たちにできることは、深々と頭を――。
「もういいじゃない!」
一言で非難の嵐がやむ。叫んだのは、篠田先輩だった。
「教室にはたまたまあんな手紙が落ちていて、本田さんが間違えて千代子の席に入れちゃった。それでいいじゃない。
誰が手紙を書いたかなんて、自分から名乗り出ない限りわかんないんだから」
彼女のか細い体から、一体どこから出ているのだろうというくらいの大声を上げた。
「悪意があって入れたのか、ほんのお遊びのつもりだったのか。もしかしたら本当に運動会を中止したいと訴えていたのかもしれない。でも、そんなの本人しか知らないでしょ。だって私にはこんな手紙書く人の気持ちなんてわかんないもん。
犯人が名乗り出ない? 結局何だったんだ? 今の今まで本人が名乗り出なかった、それが答えでしょ。
3年D組はあんな手紙一通で、築き上げてきた団結力も信頼関係も簡単に崩れちゃうようなクラスだったんだから」
肩で息を切りながら、篠田先輩は叫び続ける。
「蓬莱君も小倉さんも、ここにはいないけど美緒ちゃんや城崎君や高瀬君は、私たちが困ってるっていうだけで協力してくれて、みんなに聞き回ったりいろんなとこ調べ回ったりして、ちゃんと答えを出してきたじゃない。しかも運動会に間に合うようにって! 2人だって新聞とか部活とかで忙しい中一生懸命やったんだよ。
結局自分たちでできずじまいだったじゃない」
汗か涙か、篠田先輩の顔から雫がしたたるのが見えた。
「何が最上級生だ、何が赤組応援団だ。
こんなならほんとに運動会なんか止めちゃえばいいのに!」
「篠田先輩」
声をかけるも、彼女の訴えは終わらなかった。
「私だって最初は運動会嫌だったよ。応援団の練習だってつらくてしんどくて逃げ出したくなるよ。
でも、私のこと受け入れてくれる人がいて、支えてくれる人がいて、応援してくれる人がいるから。運動会のたった1日のために頑張っている人たちがいるから。
やっぱり中止になんかなってほしくない」
篠田先輩は崩れ落ちるように座ると、机に突っ伏してすすり泣きを始めた。
先輩方はバツが悪そうにお互いを見合わせ、立ち上がっていた人たちは静かに腰を下ろした。
山口先輩が、チラリと俺の方を見て、澄香を見て、篠田先輩を見た。
「ごめん。確かに、ちょっと横柄だったかも」
山口先輩は、そっと篠田先輩の頭に手を置いた。
次の一言を言おうとみんなが口を開きかけたところで、大林先輩が立ち上がった。
「蓬莱君、小倉さん。私の無茶ともいえる依頼を引き受けてくれて、ありがとうございました」
大林先輩は深々とお辞儀をした。彼女に倣うように、D組の生徒たちはあちこちで頭を下げている。
あのー、と冬樹先輩の声が聞こえる。叶内先輩が開けっぱなしにした扉から、篤志と牧羽さんがのぞいていた。
「そろそろ下校時刻なんですけどー」
太田先生は明日の朝、椅子と机を戻しに来るよう指示を出した。3年D組の人たちが講義室から出て行く。
研究部も早めに集まることを確認していると、小野先輩が近づいてきた。
「みなさんが、研究部ですよね」
「はい」
小野先輩はかしこまったように、背筋を伸ばす。
「明日も、どうぞよろしくお願いします」
彼女はきれいに一礼する。こちらこそ、と答えた。
最後に残っていた本田先輩が階段を降りる直前に、一瞬だけこちらを見たような気がした。
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