手紙を入れたのは誰 5

 ふーんと相づちを打つ声が聞こえる。

「そもそも一番怪しいのがいるもんね。自分であんな手紙書いて自分で叫べばかわいそうなア・タ・シ、になるじゃない?」

 児玉先輩が意味ありげな視線を山口先輩に向ける。

「はあ?」

 机に手を打ち付けて立ち上がった山口先輩は顔をゆがめている。篠田先輩がやめて、と座らせようとするも、山口先輩は今にも飛び出していきそうなくらいだ。太田先生が「またあんたたち!」と一喝した。

 2人が座ったところで、澄香は話を再開する。

「先輩は、給食の時間に学級日誌を取り出して書いていたそうですね。その時に手紙は入っていなかったんですよね」

「そう言ったじゃない!」

「でも、本人が言ってるだけでしょ」

 池谷先輩がぼそりとつぶやく。彼女の言う通り、その時に机の中に手紙が入っていなかった、と嘘をつくことはできる。差出人は書かないだろうけれど、宛名すらなかったのだ。例えば大林先輩を犯人に仕立て上げて恥をかかせることだって考えられる。

「ですが、山口先輩である可能性もないです」

「根拠は?」

 児玉先輩がイライラしているのか、組んだ腕に人差し指を打ち付けている。

「まず、被害者に見せかけるため、という意見ですが、別の人に相談しました。今は忙しいらしいのでこの場には来ていませんが。

 その人は、俺なら手紙を開いてから友人たちに相談する、といいました。自作自演での一番の失敗は、何も衝撃を与えずに終わること、と。

 あの手紙には一切具体的なことが書かれていません。ぬるすぎると言われました。

 確かにイタズラで済まされる可能性もあると思いますし、もしも『そのまま捨てちゃえば?』などとと言われれば手紙を書いた苦労が水の泡になりませんか?

 といっていました」

「さっきから思ってたけど、高瀬君ならいいそうだね」

 加隈先輩がぼそっとつぶやく。小野先輩も小さくうなずいていた。

 3年D組は運動会を中止しろ、でことが大きくなった。しかし、よくよく考えれば自作自演でも自分が傷つかずに脅迫としても使える方法はいくらでもある。

 それでも山口先輩は篠田先輩たちに相談してから手紙を開いたのだ。自分かわいさではない。

「それから、誰かに濡れ衣をかぶせるという可能性もあります」

 どうしても大林先輩に目が行ってしまう。澄香はなるべく上の方を見て話しているようだった。

「大林先輩と本田先輩は、自分から教室に戻ったことを多くのクラスメイトが知っています。小野先輩も自発的に山口先輩の机を運んでいます。

 ところが、山口先輩がそれを知ることができたとは言いがたいです」

「でもあの日、大林、結構トイレに行ってたから、大林がコンタクトを換えに行くことくらい、予測できたんじゃ?」

 昆野先輩が急に大林先輩に話を振る。

「そうかもしれないけど」と昆野先輩に呼びかける。

「大林先輩は、福原先輩他何人かのご友人と一緒に校舎に入って、福原先輩と一緒に教室から出てきたんですよね。ということは昇降口からも同じタイミングで出てきているはずです。わざわざ誰かが大林先輩が教室に1人で入っていったことを言わなければ、福原先輩たちと一緒にいたと思います」

 これは冬樹先輩に指摘されたことだ。大林先輩は校舎の外では福原先輩と一緒にいたはずだ。その様子を見て、別行動をとったと考えるだろうか。

「本田さんは? 本田さんが戻ったのは結構知ってる人がいたし」

 根岸先輩が聞く。

「応援団は昼休みの後、早くに教室を出たはずです。廊下で机や椅子を運ぶ列にはいなかったと思われます。

 本田先輩1人が遅刻したのならともかく、池谷先輩と児玉先輩の3人で一緒に昇降口を出て間に合っているはずです。まさか本田先輩1人がいったん教室に戻ったと思わないでしょう。

 忘れ物を届けることや2つも前の席の小野先輩が自分の席を運ぶことは想定外だと思います」

「自分で仕込んだ忘れ物だったりして」

「落とし主には届けましたのでご安心を」

 誰かがつぶやいたのを聞き取ったのか、太田先生があたりをにらみ回す。

 昆野先輩が、応援団は早く出た、と言っているのを誰も否定していなかったので、応援団は全員早めに教室を出たのではないか。

 さらに、ずっと一緒にいたという篠田先輩の話から、5・6時間目の休み時間、山口先輩はずっとグラウンドにいたのではないか。また、忘れ物の持ち主を探したために教室に遅れて戻った山口先輩にはわざわざ誰かが教えに行かなければ教室に誰が戻ったという情報は入ってこないはず。

 外掃除にそのまま行ったとなれば、偶然机を運ぶことになった小野先輩をおとしめるために手紙を仕込む時間はない。

 冬樹先輩は山口先輩自作自演説を否定した。

「犯人いなくなっちゃうじゃん! 結局誰なの!」

 先輩がわめく。元気、と澄香が耳打ちした時、扉が壊れそうなくらいの勢いで前方の扉が開いた。

「こんちわー!」

 鼓膜が破れそうな勢いで挨拶なので思わず耳を塞ぐ。ずかずか大股で中に入ってきた。

「お騒がせしております運動会実行委員長の叶内です!」

「空気読め、バカ!」

 軽々しく手を上げて挨拶する叶内先輩に、加隈先輩が怒鳴った。

 叶内、ということは?

「聖斗のお兄さんですか」

「ピンポーン! ってことは君が元気君だね! マサくんがお世話になってます」

「それより何の用ですか、こんな時に?」

 なぜか叶内先輩は胸を張った。

「僕は運動会実行委員長として、各組がどんなことしているのか見回りに来ただけ。

 だってのに赤組だけ応援団の男子しか教室にいないからさー、ほんと疲れたんだからねー。

 で、何? こんな少人数で秘密の決起集会?」

「黙れ」

 ドスの利いたトーンが聞こえる。近くから聞こえたような気がしたが、気のせいか? その割には、叶内先輩の顔が引きつった気がした。

「そうそう、D組の入り口に落ちてたからさあ? 名前も書いてないみたいだし、居残り組に聞いたら違うっていってたから、見回りついでに残ってそうな人に当たろうと思ったわけ。下駄箱みたら結構帰ってない人、君たちの中にいれば持って帰ってもらうこともできるじゃない? 洗濯したい人もいるでしょう」

 叶内先輩が取り出したのは、赤のハチマキだった。

「ありがとう、先生が預かりますから」

 太田先生がハチマキを受け取る。そのまま退室を命じるも、叶内先輩は「えー」と言ったまま動かなかった。

「帰れ」

 再びドスの利いた声が聞こえた。声の主はすぐ近く。というと……。

「……失礼しまーす」

 叶内先輩は小野先輩の方をチラリと見て、逃げるようにして出て行った。小野先輩がため息をつく。

「ここにいる人で持ってない人いる?」

 一斉に荷物を確認し始めるも、全員ハチマキを持っているという返事だった。ここにいる人ではないらしい。

「とんだはた迷惑」

「いいところで邪魔が入った」

「時と場所を考えろっつーの」

 1人がぶつくさ言い始めると、ガヤガヤと騒がしくなった。

 言うなら今しかない。

「せめて名前くらい書いてあればよかったんですけどね。よかれと思って持ってきたんでしょうから」

 一歩一歩近づくたびに、心臓がバクバクと跳ね上がる。

 叶内先輩がわざわざハチマキの持ち主を探し回ったのは、善意からだろう。3年D組にほかの赤組応援団が居残りしているというなら、預けてもよかっただろうに。

 落とし物を拾ったとしたら、どうするか。近くにいる人に聞いたり、学校なら先生に届けたり、クラスによっては落とし物ボックスに入れるかもしれない。

 拾った人間が必ずしも落とし主にものを届けたいと思っているとは限らない。

 ネコババする人もいれば、ゴミ箱に放り込む人もいる。

 ただ、きっと今回はそういう方法を選ばなかったってだけ。

「もしかして山口先輩の席の近くに手紙が落ちてたから、机の中に入れたんですか?

 本田先輩」

 周囲の人たちが唖然と俺たちを見ている中、本田先輩だけは、まっすぐ俺の目を見ていた。

 そしてたった一言、「そうだよ」と答えた。

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