赤ハチマキと白色鉛筆 2

 声出してー! ちゃんとやって! 応援歌覚えてきてください! 

 応援団が声を張り上げて訴えるほど、運動会って全力でやらなきゃいけないものなんだろうか。

 特に思ったのは、棒倒しの練習の時だった。

「足速いんだからもっと速く行けるでしょ」

 前から思っていたが、このセリフを吐いた山口千代子は身勝手さが鼻につくのだ。

 だったらてめえが行けよ。

 運もあるし仕方ないよ、と山口千代子の取り巻きの篠田真弓がなだめている。

「あのねえ、イチカはリレーの選手なんだよ。ケガでもしたらどうすんのよ」

 聞こえてしまったのだろう、ユッコが山口千代子に向かって言った。

「それは誰でも一緒でしょ?」

「はあ?」

 こら! そこ! と太田先生に怒られる。これ以上何か言われると面倒だ。ユッコには悪いが、ツンツンと肩をつついて無言で立ち去った。

 放課後、昆野実咲たち女子の応援団は、3年D組の女子で手が空いている人たちはポンポン作りに協力してくれと言い出した。

 なんでこういう時女子だからという理由でやらなきゃならないんだろう。おかしくね?

 手が空いていないに含まれるのは、実行委員、応援看板の担当者、そして応援団の中で1人ぎこちない動きを続ける篠田真弓とその練習相手くらいのものだろう。そのくらい篠田真弓はできていないのだ。なぜ応援団になんぞ立候補したのだろう。

 ともかく私はポンポンづくりを手伝わざるを得なかった。

 幸い、ユッコとアキちゃんと一緒に教室の隅で作業できた。私たちはだるいよねと言い合いながらテープの束を作っていた。夏期講習がどうだったとか他愛もない話のネタが尽きかけたところで、応援団にインタビューに来たという2人組が教室に入ってきた。下級生だろうか、知らない顔だ。彼らはケンキュウブと名乗った。坂巻たちが案内し始めると一斉に話し声がやんだ。

「ここまでついてきてくれている赤組のみなさんと三冠とれるように、精一杯頑張ります」

 鶴岡がそう締めくくると、インタビューは終わったようで2人組が立ち上がる。

「三冠とるってさ」

「言ったね、あいつ」

 ユッコとアキちゃんは内緒話くらいの声で私に話しかけた。

「期待されてるね、イチカ」

「リレー選手だもんね」

 2人はリレー選手の候補すら射程圏外だからか、ずいぶんのんきな言い方をした。

 この二言は意外に響いてしまったようで、教室の中にいた人たちがこちらを見ている。さっと手元に視線を動かした。

 入れ替わるように山口千代子たちが教室に入ってくる。篠田真弓の上達ぶりを喜んでいるのか、「よっしゃ、これで赤組優勝も夢じゃないね!」と浮かれていた。彼女の態度はかえって私の神経を逆なでさせた。

「できれば今日中に終わらせたいからスピードアップして」

 インタビューの2人組が帰ると、昆野実咲が言い放った。教室中のみんなが黙って作業に没頭するようになった。明らかに昆野美咲は私たちを注意したかっただけだろう。グルグルと厚紙にスズランテープを巻き付ける。ユッコとアキちゃんも黙々とテープをまとめていく。持ち手やポンポン部分の長さがみんなバラバラだったけど。

 どうして頑張らなければならないのだろう。周囲を伏し目がちに見回しながら思った。ここでやりたくないからやーめた、などと言い出そうものなら、ユッコもアキちゃんも例外なく速攻でハブってくる。女子の世界とはそういうものだ。

 運動会がだるいのと、山口千代子への嫌悪感と、仕事を半強制的に押し付けられる理不尽さが渦巻いて膨らんでいく。そもそも後ろの2つは篠田真弓が応援団の振り付けを覚えられないのがいけないのだけれど。

 全く勉強する気にもなれない。出しっぱなしの色鉛筆すら片付けていない。

 リレーどころか運動会にも出たくない。

 取り出した別のルーズリーフに、この前削った白の色鉛筆でまた文字を書く。

 アキちゃん、ごめん。リレーでトップをとれないかも。アキちゃんは色別対抗リレーのゴールテープ役を見事勝ち取ったらしい。美濃輪が頑張ってくれるよ、と無責任なことを思う。アキちゃんのためにも1位をとってくれ。

 運動会が中止になればなあ、と我ながら他力本願なことを思う。

 逆さテルテルでも作る? と思ったがやめた。労力を使いたくない。まだ日記も書いてないのに。

 翌日も遅刻ギリギリで滑り込んだ。

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