赤ハチマキと白色鉛筆

赤ハチマキと白色鉛筆 1

 夏休みの宿題、筆箱や歯ブラシ、雑巾、本。学校に持って行くものをリュックに詰め込んでいく。明日からこれを背負っていかなければならないと思うと気が重くなった。視界の隅に見える畳まれた体操服。その上にちょこんと乗せられた赤いハチマキ。渇を入れられるようでうっとうしい。

 明日は全校集会やら学活もやるだろうけれど、メインは運動会練習だ。

 一歩も外に出たくないくらいの暑さの中で、応援練習や式の練習、競技の練習に至っては私はリレーの練習まで加わるのだろう。夏休み前、運動会の色別対抗リレーの選手だと言い渡された。クラス中から盛大な拍手が沸き起こって、形だけぺこりと頭を下げておいた。

 ただ足が速いというだけで、ただ陸上部だというだけで、何で私は運動会のリレーになんか出場しなければならないのだろう。他のやつでいいじゃん。走りたいエンジョイ勢がいるよね? サボりたいけど、顧問が何か言い出したら面倒だしなあ。もちろん、私がサボったところで補欠がいるんだけれど。

 私、リレーのゴールテープを切ってみたいんだよね。

 アキちゃんの言葉がリフレインする。だめだ、アキちゃんの期待には応えなきゃいけない。運動会の係で決勝審判に決まったアキちゃんはそう言っていた。全部の競技でゴールテープを切るのは決勝審判の係の人だ。イチカがつないだバトンが一番でゴールしてほしいと夢見がちなアキちゃんのセリフが、今更のようにのしかかる。しかも、アンカーはあの美濃輪だ。私にはどこがいいのかさっぱりだが、私がバトンをつながないとアキちゃんには申し訳なくなってくるし。

 水筒を入れる隙間を無視して荷物を詰め込んでしまうと、塾の宿題をしようと机に向かう。考えてもサッパリなので最初から答えを見て空欄を埋めていく。

 問題を解き終わると赤いボールペンを手に取った。当然全問正解なので答えを書いたところに丸をつけるだけだ。

 ノートにペン先を滑らせると、紙をひっかいた跡だけが残る。グルグルと円を描くようにペンを動かしても赤い色は出てこない。どうやらインク切れを起こしたらしい。学校で使っている赤ペンはリュックの中に入れた筆箱の中だし、わざわざリビングまで3色ボールペンを借りにいくのも面倒くさい。

 机の引き出しの2段目を開けると、学校から持って帰ってきた色鉛筆セットが出てきた。これでいいやと、赤の色鉛筆を手に取って丸付けをした。

 塾の教材を塾用のトートバッグに放り込むと、ベッドに寝転んだ。色鉛筆すら片付けるのも億劫だ。

 受験勉強もしなくちゃならないのに、なんでみんな運動会なんかやりたがるんだろう。何なら受験生かどうかも関係ない。いっそのこと中止になってくれたらなあ。

 寝返りを打つと、学習机が目に入る。誕生日プレゼントにお父さんからもらった大量のルーズリーフ。お母さんからもらったシャープペンシルたち。見ているだけで胸焼けがする。

 ノックの音がするのでガバッと上体を起こす。早く寝なさい、というだけいってドアが閉められた。

 昨日はもっと勉強しろと言ったくせに。

 寝る気分にもなれなかったので、机に向かった。とりあえずルーズリーフとシャーペンを手に取ってみたけれど、シャーペンを持て余すだけの時間が流れた。

 シャーペンを放り出して天を仰ぐ。もう母のいうとおり寝ようか。立ち上がった時、色鉛筆セットが視界に入った。差はあれどケースの半分の余白を作るほどには削られた色鉛筆たちの中で、1本だけ長い白の色鉛筆。白い紙に何を書いても写らないから、ほとんど使わなかったのだろう。おそらく他の色がちびてしまったら一緒に捨てられてしまう。捨てるのは私だというのに、ほとんど使われずに捨てられそうな白の色鉛筆を哀れんだ。

 使われれば削られる。

 使われなければ捨てられる。

 きっと私たちも同じなんだろう。みんなから必要とされるには、自分の時間や体力や神経を削って頑張らなきゃならない。嫌だといえば、いらないと弾かれる。

 勉強しないならせめてこの白鉛筆を使ってあげようか、と手に取ってルーズリーフにクルクルと試し書きしてみた。罫線にすら痕跡を残さないので、白鉛筆すら放り投げてしまった。やっぱり使ってあげられそうにない。

 天井をぼーっと眺めているところで、ふと思い立ったことがあった。


 めんどくさい


 ルーズリーフに書いてみても、全く文字は残らない。

 同じところに別の文字を書いてみた。


 理科きらい


 やっぱり残らない。

 疲れたとかやりたくないとか言ってると本当にそうなっちゃうよ、とはいうものの、これなら全く問題ないのでは。だって見えないんだし。

 眠気も忘れて、白鉛筆で文字を書いた。明日も遅刻するかもしれない。でも、久しぶりにワクワクってこういうことか、と腑に落ちた気がする。

 初めて、白の色鉛筆の芯を削ったかもしれない。

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