つわものどもの夢の中 6
教室に手紙が落ちていたのを拾った本田先輩が入れただけ。確かに高瀬先輩の推理は矛盾していない。
本田先輩は山口先輩の近くを通りかかって、手紙が落ちていたから近い席に入れたと考えられなくもない。大林先輩なら山口先輩に相談された時に落ちてたから入れたと言うだろうし、小野先輩が拾ったとしても加隈先輩がいたのだからまずは彼に聞くだろう。
誰が手紙を落としたのかはわからない。あらゆる可能性を否定して、最後はこんな結論になってしまった。3年D組の生徒は納得するだろうか。太田先生に反論されたら、澄香と蓬莱は何というだろうか。
高瀬先輩から送り主の正体を聞いた日の帰り道、ふと不安の正体の片鱗に気づく。
なぜ高瀬先輩が本田先輩に話をしに行くといったのだろう? 手分けするなら逆じゃないの? そもそも太田先生に話をしに行くなら片方で充分だし、城崎や私でも構わない。
つまり、澄香と蓬莱を本田先輩から遠ざけたかった。あるいは2人には知られたくない話をしにいくつもりなのだ。
思い当たる可能性としては、高瀬先輩は本田先輩が送り主だと確信しているけれど、確実な証拠がない、といったところだろうか。
大林先輩は眼鏡をかけていなかったのだから手紙を入れに行くのは難しいだろう。
小野先輩には手紙を入れるだけの時間も隙もない。
本田先輩には手紙を運ぶ手段がなかった。
隣の席の生徒でも人目につかないように手紙を入れる、しかも折れ目などない手紙だ、は難しいだろうし、山口先輩があたかも他人に手紙を入れたように振る舞うにも状況的に苦しい。
何がいけないのだろう、と改めて考える。別の視点から考えるため城崎の説を振り返ってみる。
机の中に手紙を入れるメリットをとった人物が送り主だ、というのは悪くない発想かもしれない。わざわざリスクの高い方法を選ぶほどのバカならとっくに送り主はばれているはず。
と同時に、手紙を入れるのは給食の後から掃除の前までの間が都合がよかった、あるいはその時間しか入れられなかった人物とも考えられる。
でも、その発想でいくとやはり本田先輩が一番怪しいのだ。
小野先輩はほかの時間に入れた方がリスクは低い。
大林先輩でも下駄箱に突っ込む方が無難だろう。眼鏡を取りに行くという口実を設けた時点でわざわざ入れに行っているようなものだから疑われかねない。
そして本田先輩にはもう1つだけ、気になる点が1つ。
なぜ日記帳をわざわざカバンに戻しに行ったのか。
机があるなら普通の話だし、どうせ戻しに行くならとカバンにしまってしまおうと考えたのかもしれない。けれど、今回は机を持って行ってしまっている。多くの人は机の荷物をロッカーに入れているというのだから、ロッカーに放り込んでおいてもよかったのではないか? ましてや友人たちを待たせているのに。
どこか脆いところを突かれれば一瞬で崩れ去るくらいの根拠だ。しかし違うと本能が訴えている。
朝、教室を覗いてみたが本田先輩はいない。後で知ったが遅刻魔なのだそう。
昼休み、必死で高瀬先輩と本田先輩を探した。ただし見つけたのは非常階段の三和土で何かを覗き込んでいる城崎。
1人で行くなんてどうしても怪しいと思ったから。城崎はそう話した。
息を殺して2人のやりとりを盗み見る。澄香と蓬莱に伝えた推理については話し終わっているようだ。
「昨日の子でうんざりなんだけど」
「1つだけ確認しておきたいことがありまして」
心底めんどくさそうな本田先輩に対してにこやかに話しかける高瀬先輩。
「あなた方3人が廊下で順番待ちをしていたときの話ですが、やはり待っている間おしゃべりされてたんですよね」
「悪い?」
「廊下では静かにしましょうなどという話ではなく。なぜ友人と話をしている間に、あなたは机の中身を覗いたのかと思いまして」
「深い理由はないよ」
帰ろうとした本田先輩を、高瀬先輩はたった一言で引き留めた。
「手紙を書いた人間に、心当たりがあるのでは?」
本田先輩の足が止まる。因果関係の見えてこない間に、話が進む。
「日記帳を戻しに行ったのは、やはり偶然でしょう。机の中に入れてしまったことに気づいたのも虫の知らせというものでしょうか。
1人の時間があった3人の中で手紙が落ちていることに気づき、なおかつ机に手紙を入れるという判断を下すとしたらあなただけです」
ここまではわかる。自分の席に眼鏡を取りに来た大林先輩は近くを通ることはおそらくない。だとしたら裸眼の視力で遠くの床に落ちているものの判別は難しい。
小野先輩もありえない。机を運ぶ時なら加隈先輩が気づくはずだ。
「山口先輩の席は教室のど真ん中。あんなところに手紙が落ちていれば誰かが気づくでしょうし、気づく人間がいなければ誰かに踏まれたり蹴飛ばされたりしてきれいな状態ではないでしょう。
あなたに聞きたいことは2つ。
手紙はどこにあったのか。
なぜあなたは山口先輩の机に手紙を入れたのか」
高瀬先輩が問うと、本田先輩は意外そうな顔をした。
「ストレートに私を疑ってくるのかと思った」
「あなたが手紙を取り出すとしたらおそらくロッカーくらいでしょう。机を持って行く人の多くは荷物をロッカーに入れていたと聞いていますし。
カバンから取り出すとなると太田先生に見つかってしまいます。机に入れておいたら他人の目に入るかもしれませんし、持ち運んでいる間は上げてある椅子の背もたれが邪魔で取り出せません。
しかし、3年D組のロッカーを拝見しましたが、手紙くらいの厚さのものが挟まった本やクリアファイルなど入れてあったらどうにも目につきそうだと思いまして」
「他のメンツは?」
「黙って机の中に入れるような人たちではないな、と」
本田先輩はそういう人だと思ってたんだ。正直な話、本田先輩だけはサシで会ってなかったからだと思いたいけど。
「逆にあなたは誰だと思うの?」
高瀬先輩は、この質問には答えなかった。本田先輩も何も言わなかった。
「今日の放課後、この件に関わった人たちだけに真相を伝えるために集まってもらいます。当然あなたにも声がかかります。
今の話を聞いたあなたにとっては茶番劇でしかないでしょう。それでも来てください。研究部としては、決着をつけなければならない。あなたも全くの無実だと証明しなくてはならない」
「それもそうだね」
半分脅迫のようなやりとりは終わり、本田先輩が去った後で高瀬先輩が咳払いする。
「どうする?」
高瀬先輩は、そっぽを向いて大きな声で言った。
手紙を書いたとしたら誰なのか調べるか、ですよね。
私は柱の陰から出て答えた。
「いいです。時間がもったいない」
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