フィナーレは夕暮れ 2

 2人並んで校門前で迎えを待つ。今更ながらクラスメイトで一緒に応援団までやったというのに、必要最低限しか接してこなかったことに気づく。2人きりだと何を話せばいいのかわからない。

 ちょっと話があるから、と大林さんに呼び出されて、なぜか荷物持ちを買って出てくれた。重くはないし、時間になったらお父さんが迎えに来てくれるからいいよ、って言ったんだけど、病人だから、と押し切られてしまった。

「研究部、だっけ」

「うん」

「もしかして元から知り合いなの?」

 素っ頓狂な声をあげて大林さんを見た。

「ど、どうしたの?」

「だって、篠田さんがミオちゃんって呼んでた子、私は見たことなかったし。証言集めの時に紹介されたのかなとも思ったけど、それにしては親しげだなと思って。

 太田先生は彼女のことマキバさんって呼んでたから。ミオって名前でしょ?」

 まずい。研究部との約束を思い出す。

「み、美緒ちゃんは小学校で登校班が一緒だったんだよ。だから元からの知り合い」

「ふーん。城崎君や高瀬君は? 講義室で叫んでたじゃない?」

 冷汗が止まらない。何とか言い訳しなきゃ。

「しょ、証言集めしてて講義室に行ったらたまたま2人がいて、部長の高瀬君が話を聞いてくれたことがあって」

「その2人も証言集めしてたのはウソだったの?」

 大林さんににらまれて、首をすくめた。

「……ごめんなさい。研究部に別の依頼をしました」

 大林さんはデコピンをしてきた。

「嘘つくことじゃないでしょうに」

 おでこが痛い。泣くことじゃないのに涙が出る。

「正直に話しなさい」

「はい」

 結局、研究部に応援練習を見てもらっていたこと、ほかの組に不利にならないように黙っているよう言われたこと、すべてを話した。

「なんで応援団やろうと思ったの?」

「えっと……内申」

「だーかーら」

「……すみません」

 大林さんはため息をついた。

「目をきょろきょろさせてしどろもどろに答えてたら、そりゃウソだってバレバレだよ」

 大林さんは「チーコでしょ」とつぶやいた。

「やっぱ顔に書いてある」

 私は顔をそむけてしまった。わかってたのか。昆野さんに内申って答えちゃったけれど、まずかったな。

「そうとしか思えないもの。チーコに一緒にやろー、とか言われて断り切れなかったんでしょ? まったくあのお調子者は。誘ったら誘ったなりにちゃんとフォローしなさいよ」

 大林さんの勘違いに、口をはさむのも怖かったので黙っていた。

「はっきり言って終わったと思った。今年運動会で優勝は無理だって」

 どんな顔して大林さんのこと見ればいいのかわからなくて、ずっとうつむいていた。

「しかも3D運動会脅迫事件? マジ勘弁してほしかった」

 私も、なんであんな手紙書いて学校に持ってきちゃったんだか、なんであんな手紙人の机に入れちゃったんだか、永遠にわからないままだろう。

「でも篠田さんがいなかったらどうなってたんだろうと思う」

 私は顔をあげた。

「どういうこと?」

「篠田さんのできなさぶりを見ていたから、応援団以外の振付やセリフを簡単にした。そのまま行ってたらもしかしたら完成しなかったかもしれない。うまくいかない怒りを、全部ほかの生徒たちにそのままぶつけていたかもしれない。

 実咲が出てった時に追いかけていったのが篠田さんだったから、きっと実咲は戻ってきた」

「買いかぶりすぎだよ」

「そう?」

 これ以上反論するのはやめた。大林さんは、空を見上げる。

「途中からできるようになっていった篠田さんを見て、応援団全体がたるんでたなって気づいた。はっきり言って私自身もこのくらいで大丈夫だろうって慢心してた」

 慢心だなんて。大林さんはストイック、いや、ストロング、かな? と思っていた。

「ともかく研究部に応援を見ててもらってたのは黙っててあげる。高瀬君のいうことも分からなくないもの。毎年毎年ほかの誰かに泣きつかないとできないような応援団や最上級生なんて見てられないわ」

 心臓に五寸釘でも刺されたような痛みを感じた。

「来年も運動会で応援団できるとしたらやる?」

「やりません!」

 あまりに自信たっぷりに答えて怒られるかと思いきや、大林さんは「私も」と答えた。

「さすがに疲れたわ。期末の勉強も全然できてないし」

「期末!」

 来週期末テストなのすっかり忘れてた。どうしよう、今から勉強して間に合うか……。

「だからね、用件は3つ。

 1つ、一緒にテスト勉強しない? 明日でも明後日でも」

「いいの?」

 確か大林さん、かなり頭いいって噂だからすごい助かる。みんなでやった方が頑張れそうな気がするしね!

「次に、手紙の件で私のこと信じてくれてありがとう。付き添ってくれたり、みんなから話を聞いてくれたり、お礼を言っても言い切れない」

「いいよ、そんな」

 仲間が疑われてたら、当たり前のことだもん。

「それからね、篠田さん」

 大林さんはこちらを向いた。

「応援団として、無理させてごめん。

 でも、正直ね、こんなこと言ったら小野さんあたりに、もしかしたら本田さんにも怒られそうなんだけど、必死でついてきてくれたことがうれしいの」

 大林さんは、目を背けてしまった。彼女の姿を、真っ赤な夕日が照らしている。

「ありがとう」

 大林さんの背中を優しくなでる。

 私は、応援団になることを自分で選んだんだから。一生懸命やって、向いてないってわかったんだから。

 だからテストも受験もその先の困難でも、乗り越えられる気がするよ。

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赤ハチマキと白色鉛筆 平野真咲 @HiranoShinnsaku

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