フィナーレは夕暮れ

フィナーレは夕暮れ 1

 赤組は総合優勝も応援優勝も色別対抗リレーの優勝もすべて逃した。

 3年D組のみんなはお通夜のように静まり返り、肩を寄せ合ってすすり泣いているようだった。

 私なんかが行っていいんだろうか。応援合戦の一番大事なところで倒れて、午後の競技にほとんど出ていないのに。

 本部から追い出されてたそがれていたところに、3年D組のみんなを見つけた。夕日をバックにクラスメイトたちを遠くから見守っていると、本田さんが近づいてくる。

「来なよ」

 有無もいわさず腕をつかまれて連れて行かれる。

「でも」

「偶然見つけた手紙の内容を知った上で山口の机に突っ込み午前中は保健室で寝て午後は応援もせずテントの中に座ってただけなのに言いたい放題いってリレーにだけ出た私に比べりゃかわいいもんでしょ」

 引っ張られるままからその場に止まる。本田さんが腕を引っ張ってくるのに反抗した。

「よく許されたね?」

「前例がなければ」

 家に帰りたくなる。私の思いとは裏腹に本田さんは私を引きずっていった。

「リレーの時いたでしょ」

 背中ごしに聞いてきた。

「いたよ。ずっと」

 リレーの時だけじゃなく、養護の先生に無理言って見学できる競技は全部応援した。ケガをして応援合戦を台無しにしてしまった私ができるのは、残りの競技に参加する生徒たちの応援をすること。もちろん、クラスメイトでリレー選手の本田さんには、出せるだけの声を張って応援した。

「そこまでして見たい?」

「えっ」

 そりゃあ、見たくない?

 応援団やったからっていうのもあるけど、午前中だけでも参加した運動会の行く末って、気になるものじゃないかなあ。中学校最後なんだし。

 一生懸命やってる人たちのことを見てたら、応援したくなるのって自然なことだと思うんだ。

「やっぱり私のせいだよね、応援優勝や総合優勝逃しちゃったの」

「リレーなんか出るんじゃなかった」

 かなりどストレートな言い方に、声小っちゃく、とさすがにたしなめた。

「私は努力とか根性とか感動とか団結とかは嫌い」

 本田さんは独り言くらいに小さな声で言った。

「押しつけとか決めつけは大っ嫌い」

 本田さんは言い放った。声量は変わらないはずなのに、心臓に響くように感じた。

 会話が途切れたところで、「はーいこっち向いてー」と聞こえた。

「ちょっと美緒ちゃん!」

 私が言うのも聞かず、美緒ちゃんはカメラを向ける。

「あなたがた2人が来ないからみなさん待ってますよ。私だってこんなところで油売ってたら片付けしない怠け者の烙印を押されますから」

「いーんじゃない」

「よくない!」

 本田さんのセリフにハラハラしっぱなしになる。

「っていうか美緒ちゃんは何しに来たの?」

「記念撮影! 自分の組の3年生の集合写真を撮りに来ました。クラスの出席者全員いなければイジメが起きていると認定されるのでさっさと集まってくださいね」

 ううっ、いじめられっ子にはなりたくないから本田さんに黙ってついて行く。

「というのは建前で研究部新聞後号の取材申し込みです」

「後号?」

 美緒ちゃんは聞いてきた本田さんを無視して進める。

「満場一致で篠田先輩を特集記事にすることにしました。先生方も喜んでいます」

「ちょっとやめて?」

「いーんじゃない」

「よくない!」

 本田さんは知らないだろうけれど、私、研究部のみなさんにべったりだったんだよ? 癒着じゃん。

「本田先輩も載りますか?」

「3年D組の汚点として?」

「やめて?」

 冗談でも本田さんの裏話だけはやめてほしい。それくらいなら全面私の記事の方がマシ。撤回。やっぱり全面私はダメ。

 急に黙ったかと思えば、目の前には3年D組のみんなが集まっていた。

「マユ!」

「篠田さん!」

「篠田!」

 わっとみんなが私の前に押し寄せる。千代子がそのまま抱きついてきた。

「生きててよかったー。心配したんだからー」

 泣きじゃくる千代子の頭をなでる。

「私も、篠田が無理してたのもっと早く気づけばよかった」

 昆野さんがつぶやく。

「ほらー、カメラマン待たせてるから」

 太田先生が呼ぶ。千代子と昆野さんに両手をつかまれて、みんなの方へと向かった。

「本田もー」

 本田さんは、頭をなでている児玉さんと泣いている池谷さんに寄り添われて歩いてくる。

 カメラマンの美緒ちゃんは「入ってなーい」とか結構厳しく指示を出してきた。

「本田先輩、こっち来てください!」

 美緒ちゃんに呼ばれて本田さんが向かう。みんなが首をかしげる中、美緒ちゃんの掛け声でピースサインを繰り出す。

 本田さんが持っていたカメラが、フラッシュを焚いた。

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