赤ハチマキと白色鉛筆 7

 『天国と地獄』がかかり、入場行進について行く。

「さーあ! いよいよ最後の種目、色別対抗リレーでぇーす!

 出場選手の紹介を始めまぁす! 赤組、1年――」

 マイクがハウリングするほどの大声を張り上げてまで放送する必要があるのだろうか。セリフとハイテンションの叩き売りのごとく垂れ流された言葉はうっとうしさしか感じない。

 学年順ということで、まだまだ出番が先の私たちは所定の場所で待機させられる。ここから自分の組を応援しろということなので、しておくことにした。後で何を言われるかわかったものではない。ただでさえ自分から出ると言ってしまったのだから。

 ピストルの音が鳴り響いて、第一走者である1年生の女子たちが走りだす。3年生にもなってくれば1年生のことがひよっこに見えてくる。待機を始めた第二走者たちは飛び上がってレースを見定めていた。

 地面が割れるような応援がひしめく。運動会のクライマックスともなれば熱も入るのかもしれない。

「さーあ! 赤組速い速い! それにピッタリくっつくように青組黄組が追い上げる! 白組もがんばれがんばれイケイケドンドーン!」

 耳を塞ぎたくなるほどの声量の実況が響き渡る。マイクを握りしめてるんだからそうなるか。目を第三走者へのバトンパスの方へ向け、白組の順位が変わっていないことを確認した。

 運動会、特にリレーなどという競技は、連帯責任を取らされる競技だ。選手は選ばれなかった人たちの応援と期待を裏切らぬように走らなければならないし、しくじって抜き去られてしまえばそいつのせいになる。なんて息苦しい競技なのだろう。陸上部のころから嫌いだったが、引退したというのに運動会という大衆の目前にさらされる中でやらされるとは。高校では絶対に運動部には入るまいという決心はさらに固くなった。

 みんなでやるから感動する? 白々しい。足引っ張りあう人間のさらし合いじゃないか。そもそもその『みんな』は応援という名の戦力外の人たちのことまで含めてないよな?

「赤組速いです。ほかの組もがんばってください」

 放送席を見ると、しゃべっている生徒のハチマキの色が変わっている。ハイテンションな人は降板させられたのだろう。台本を棒読みしているかのような放送に、少しだけ気が楽になった。

「第五走者、準備してください」

 誘導に合わせてテイクオーバーゾーンに待機する。他の走者がやっているように、手足を動かしたて準備を行う。

 白組は暫定最下位でバトンパスが回ってきた。

「白組頑張ってください」

 口うるさい親のように放送が入る。余計なお世話だ。

 トラックに出てしまった以上は本気を出して頑張るしかない。ユッコが見ている。クラスメイトの目がある。担任の目がある。陸上部顧問の目がある。いるかわからないが親の目もあると思った方がいい。

 なによりアキちゃんがゴールで待ってる。

 なぜ勝手に振り分けられただけの即席チームの優勝のために、必死にならなければならないのだろう。きっと1年後には忘れてしまうような一瞬の歓声のために。長い人生の中では何分の1にも満たないような付き合いの人たちのために。なぜベストを尽くし続けなければいけないのか。

 頭の中でぐるぐる渦巻く疑問のままに動けばいいのに、全部飲み込んではいはいと従った方が楽だぞと言う悪魔のささやきが聞こえる。

 頭の片隅には、わかってんだろと告げる天使がいる。

 やるべきことは、言い出しっぺの責任をとるため、この苦しい数秒間をなるべく早く終わらせるために駆け抜けるだけ。左右の足を交互に出して、少しでも早くバトンを最終走者に届けるだけ。

「頑張れー!」

 ぐわん、と頭を殴られたような声がした。ちょっとだけ声の主の方を見る。

「行ける、行ける、本田さんなら行けるよー!

 最後までちゃんと見てるからー! 頑張れー!」

 こんなこと叫んでいるのは、信じられないけれども、カメラの隣に座っている彼女に他ならない。いつもの三つ編みではないものの、いかにもがり勉が体操服着ているようにしか見えない篠田真弓だった。

 お前そんなにリレーの応援したいか。違うな。応援合戦で一番の時に倒れたから? 競技には出られないけれど応援団ですよアピール? 私は少しでも役立ってますよって?

 どうでもいいな。白の紙に白色鉛筆で書いた文字のように、表沙汰にならない心の内なんか。リレーを応援するかしないかだけで人を判断するようなやつの言うことなんて。

 青組と黄組の選手が競っているのが目の前で見える。こちらからすればドングリの背比べ。充分追い抜くことができる相手だった。

 黄色のハチマキと青のハチマキの交代がスローモーションのように流れる。

 応援席の声も聞こえなくなる。

 ドングリの背比べをあっという間に追い抜いて、すでに私は白の背中を見つめていた。

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