五十一話 信用
眼前に広がるのは、膨大な森林地区。生徒達の熱気と殺気が混じり合い、粘着質のある殺伐とした雰囲気が支配していた。
蒼冥は、観客席から注がれる視線と声を受け流しながら、デバイスを開く。
ランク争奪戦の後半は、トーナメント方式が取られた。学園の生徒同士でペアが作られ、最終的に勝ち上がった学校側の勝利。
蒼冥がペアに指名したのは、暗翔であった。しかし、ランク争奪戦開始時刻になっても、姿を現す気配がない。それどころか、電話すらつながらない状況。
「手を貸せと申し出たのは向こうのはずなんですがね……」
トラブルに巻き込まれている可能性もゼロではない。前半戦のカラスマスクの男達。彼らは、間違いなくイレギュラーな存在だ。
【
「生徒会長として、役目は果たす必要がありますね」
この状況を予期して、暗翔はあのような頼みをした可能性。
蒼冥は腕組みを解くと、【
不意に、視線を空へと向ける。そこには、ただ青空が弄ばれているだけだった。
■□■□
「……っらと、く……とっ。暗翔ッ!」
自身の名を呼ぶ声が、脳裏に薄らとぼやけて響いてくる。次いで、朦朧としながらも乱暴に身体が揺すられていることを認識。
「きゃっ!?」
「……っん?」
起き上がると同時に、口元にふんわりとした感触。暗翔と紅舞の唇が重なってしまった。
「ちょっとなにしてんのよッ」
「それは俺のセリフ……って、熱い熱いッ。やめろ、死ぬ」
「死ねば良いのよッ」
しばらく痛めつけられた後。紅舞がやっと機嫌を直す。
「ここはどこだ?」
鉄柵が目の前に張られ、部屋は薄暗い密室。牢獄と呼ぶには陳腐だが、どうやら誘拐さるたらしい。
暗翔の四肢には手錠。紅舞にも同じものが嵌められている。力ずくで手首の手錠を外そうとするも、引っ張り過ぎて痛みが先に襲ってきた。
「分からない……でも、さっき仮面を付けた人達が言っていたわ。私が例の人殺しだなって……」
「仮面?」
「えぇ。ねぇ、暗翔。もしかして、まだあたしに恨みを持ってる人がいて、それでこうされたんじゃ……多分あたしのせいよ、ね。ごめんなさい」
なにを勘違いしたのか、紅舞が申し訳なさそうに呟くと、お辞儀をした。恐らく仮面をしていたということは、理事長ら【レグルス女学院】の工作員の仕業。
「いや……俺のせいだ。紅舞の件は全く関係ない」
「暗翔が……? ねぇ、全て教えてくれないかしら。あたしには、聞く権利があるはずだわ」
今回も、そして前半戦の一件でも巻き込んでしまった。暗翔が原因なのは明確。
口を開こうとして、閉ざしてしまう。
蒼冥には信用した方が良いと助言を貰った。信用はしている――だが、もしも。
暗殺者という身分を明かすことによって、この関係性が変わるのならば。 潔く紅舞の前から立ち去ろう。
拳を固めた暗翔は、紅舞に視線を向けた。
「……俺は紅舞が思っているような人間じゃない。何千人とこの手で殺してきた――暗殺者なんだ」
「あ、暗殺者? え……殺し?」
状況を飲み込めない様子の紅舞は、眉先を歪めた。困惑げな表情を浮かべている。
「信じられないかも知れない。だから、この
暗翔に応答するように、四冊の書籍が浮かび上がる。
「『第二章』の開幕だ」
瞬間、視界を雷光が辺りに駆ける。灼熱の火花を散らしながら、神々の武器――グングニルが、現世に顕現した。
現代最高峰の性能を持つ武器であるが、触れることは叶わない。
「やっぱり
「大陸に出現した初代【ヴラーク】。その
「え……はい? まって、あれって一人の暗殺者が討伐したのよね?」
「それが俺だ。当時は
「暗翔があの厄災【ヴラーク】を殺したってこと?」
あぁ、と答えると、紅舞の眉根がさらに跳ね上がった。
しばらく説明を続ける暗翔。夜雪のことや、紅舞に接触した理由。時折、表情を何度も変える紅舞であった。だが、頭の中で上手く解釈したのか、疑わしげにも頷いていた。
「私の護衛をすることが仕事だったってことよね? なら、一体誰からの依頼なのかしら」
「知らん。伝えられていない……って、説明されていなくとも大体は分かるな」
勿体ぶる言葉に、紅舞が反応する。
「教えなさいよ」
「……多分、アルカディア国」
「国が?」
「数日前に話されたんだ。紅舞には、俺と一緒で【ヴラーク】が封じ込められているってな」
どうも研究のためらしい、と付け加えておく。実験体というワードは口にしない。
直接的に紅舞を傷付けてしまう恐れがある。
「あぁ、だから……人殺し事件の時に記憶がなかったのね」
「それだ。そのせいで、今は任務を変えられた。紅舞を暗殺するって内容に」
「……ッは!? 暗翔があたしを殺すってことよね……嘘っ」
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