二十五話 日常

「はいっ、兄様!」


 夜雪の頭に手を置き、優しく撫でてやる。

 すると突然。

 バタンッ、と夜雪は暗翔を腕で軽く押して倒すと。

 腹部の上に馬乗りした。

 スカートは乱れ広がり、微かに温ぬくもりを宿したか、が当たるのを感じ。

 

「おいっ……」


「ふふっ、いつも冷静な兄様らしくないですこと」


「これで冷静なら、逆に俺自身が怖いって……」


 生物学的には、おすめす

 血の繋がりはなくとも、色々と盛さかっている暗翔としては、異性のレンズを通してしまう。

 正面から捉える夜雪の顔立ちは、普段よりも魅力的だと思えて。

 香水の匂いなのだろうか。

 男としての欲求が鼻腔びこうを伝って刺激される。

 なんとか逃げようと、腕を上げるも、押さえつけられ。


「紅舞さんには悪いでして。まぁ、遅いか早いかの違いですこと」


 ふふっ、と小悪魔のような笑いを鳴らすと。

 自らの指先に唇を当てた夜雪は、そっと暗翔の口へと迫っていく。

 だが――。


「ッ……な、なにをしているのかしら!? こんな二人っきりの場でッ」


 変態家族なのね、と付け加えた紅舞が、即座に夜雪を引き剥がし。

 朱色の髪を揺らしながら、肩を震えさせ。

 軽蔑、と言う表現方法が正しいのかが分からないが。

 涙混じりに、ゴミを捉えるような瞳を向けてきた、と暗翔は内心で思った。




■□■□




痴女ちじょな妹と、家族に欲情する兄。変態家族って言葉がお似合いよ、貴方たちには」


 鼻息荒く、前を歩いている紅舞が何度も聞かされたフレーズを呟く。

 夜雪は置いとくとして、一応俺は被害者なんだが。

 欲情もなにも、あの状況で興奮しない男がいるのならば。

 その人間は、女慣れしている者か、あるいは別のプレイが好みの上級者だけだろう。

 どちらに属さない暗翔の反応は、至極一般的な反応と言ってよい。

 

「少しは口を閉じた方が良いでしてよ、紅舞さん。それに、わたくしは痴女なんかではありませんこと」


「なら、なんて呼べばよいのかしら?」


「どうみても、純粋な乙女でしてよ」


「兄を襲う妹が、純粋の乙女だと言うのなら、この世も末よッ」


「なぁ、それよりも――」


 言葉の応戦を繰り広げる二人に、割り入るのは暗翔である。

 

「これ、団体戦の一回戦目なんだよ……ほんとうに」


 競技場についた暗翔たちは、生徒たちによって埋め尽くされた観客席を視線で捉える。

 既に相手チームは正面に構えており、合図一つで開始できる状態。

 ランク戦は、一週間程度の期間開催される。

 今日の対戦はランク二に昇格するための、団体戦であり、また一回戦でもあるのだ。


「そんなこと知っているわよ」


「人数差の分では、わたくしたちが悪手でして」


「にしては、楽しそうに見えるぞ?」


 銀髪の毛色をなびかせながら、微笑む夜雪に。

 手足をバタつかせ、準備体操をする暗翔が口挟む。


「ある種、兄様との共同作業ですこと。それが興奮しないと言う方が――」


「はいはい、変態家族の雑談はこれで終わりよ」


 パンッ、と手拍子で強制的に紅舞が会話を遮断する。

 だが、夜雪はなおも余裕そうな表情を絶やさず。


「紅舞さん、張り詰めなくてもよろしくて。勝敗なんて、刃を交える前から分かり切ったことでしてよ」


 言いながら、暗翔の片腕に胸を押しつけて。


「兄様がいれば、どんな相手にでも勝てますこと」


 気のせいだろうか。

 観客席から声援に混じって、背中が寒くなる視線を感じた。

 暗翔は、胸元に目を向けることなく夜雪を身体から離すと、デバイスを操作。

 

「相手に長く待たせるのは悪い。さっさと始めるぞ」


 夜雪と紅舞に指示を飛ばすと、【実践戦闘ゲーム】をタップする。

 二人も暗翔にならい、デバイス上に指を走らせた。


 


■□■□




 【実践戦闘ゲーム】のスタート合図が鳴ると同時に、暗翔の視界はぐにゃりと屈曲して。

 気付いた時には、足元に土が存在していた。

 明らかに競技場の床とは見受けられない。


「これが【ギフト】を経由した【実践戦闘ゲーム】か」


 実際に体験したのは、これが初めてである。

 軽く辺りを見回すと、控えめな日光が空に浮び。

 立ち並ぶ木々の林からは、微かに風が肌身を刺激する。

 周囲の状況を踏まえると、ここは森の中だと思われるが。


「虫や鳥の鳴き声が一切ないってことは、やっぱり【ギフト】で生み出された仮想空間か」


 デバイスに付属された機能には、計十個ほどの【ギフト】が付いている。

 うちの一つが、別空間に転移させるという能力。 

 

「随分と有能性のあるデバイスだよな……ん?」


 つぶやいた矢先に。

 暗翔は右手側に目を動かしながらも、一歩背後にステップする。

 次いで、シュッ、と鋭い風切りの音が鳴った。

 飛び去った方向には、木の面に刺さった矢を捉え。


「敵から出迎えてくれるってのは、ありがたいが」


 せめて気配くらいは消しとけ、と心の中で付け加え、標的が存在する方向へと視線を固定して。

 続けて放たれた二本の矢じりを、腕で掴みながら身を飛ばす。

  

「そこか?」

 

 一瞬で距離を詰めた暗翔は、木の影に気配を感じて、殴り倒す。

 バタっ、と表面に穴を開けた所で、逃げようと背を向けた敵の姿を確認。

 

「ッ……ひっ!」


 無論、暗翔が敵の逃亡を許すはずもなく。

 蹴りで、地面に砂ぼこりが舞う。

 敵の片腕を捕らえた暗翔は。


「丁度いいな。その武器もらうぞ?」


 弓矢を剥ぎ取ったのちに、顔面へ渾身のこぶしを振るう。

 戦車から撃たれた大砲のような轟音を響かせながら、敵の身体が目の前から消えた。

 

「リタイアってところか」


 言いながら、暗翔は奪った戦利品を手元に取る。

 第三者からすれば、もはや盗賊だと思われかれない。

 だが、ここは戦場。

 弓の糸の部分に手をかけ、手前に引っ張りながら、矢をつがえて。

 斜め上へと定め、腕を離す。

 支えを失った矢は、摩擦まさつを帯ながら推進。

 木々の葉部分に当たる寸前に、なにかが落下する音が眼前で鳴る。


「な、なぜ――」


 分かった、と言葉を口にしたかったのだろうか。

 しかし、数秒経っても声は発せられない。

 当然だろう。

 地に着地した状態を狙って、肉薄した暗翔の蹴りで、脱落したのだから。


「これで二人目か。案外、この空間自体が大きくないのかもな」


 手に付いた汚れを、片方の腕で払う。

 残りは三人だったな。

 次の標的を見つけようと、歩き出したタイミングで。

 視界が、混じり合った絵具のように曲がったと思いきや、元の競技場へと変化した。


『片方のチームの戦闘不能により、【実践戦闘ゲーム】終了』

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