二十六話 祝い
「それでは、兄様との結婚を祝して……乾杯ですことっ」
「おう、乾杯ッ」
「乾杯じゃないわよッ!」
パチンッ、と二度に渡る紙が弾ける音。
頭を叩かれた暗翔は、痛みを感じないが、なんとなく髪の毛をさすった。
「冗談だって……ほら、ランク戦初勝利の祝いだろ?」
天井から照らされる光は、室内全体を灯している。
ソファーに腰掛けた三人が囲むテーブルには、食欲をそそる料理の皿が。
彩色溢れるサラダから、肉料理にオレンジ色に仕上げられたスープまでが、一堂に揃っていた。
暗翔は、手元に持った皿に、目に入ったものを積んでいく。
「これって、全て夜雪の手作りなんだろ?」
「そうでしてよ。兄様の妻となる身ならば、できて当然ですこと」
「んっ……美味しいわ」
「紅舞さんのお口に合って良かったでしてよ」
クスクスッ、と口元で笑いを鳴らした夜雪は、自らの皿から料理をつまみ。
暗翔の唇へと、近付けていた。
「……夜雪?」
「新婚夫婦と言えば、食べさせあいですこと。ほら、兄様も遠慮せずに」
一人自分の世界に浸っている夜雪に、暗翔は微かに苦笑いを作る。
運ばれる料理を断ろうと、手を伸ばすも。
首を横に振ると、口元を開き料理を
夕食を作ってくれたのは夜雪だ。
流石に、ここで拒否するのは気が引ける。
「ちょっ……なにしているのよ!?」
突然、叫ぶと同時に紅舞が席を立ち上がる。
暗翔の目には、若干赤らめた頬が映ったが、その意味までは理解できない。
お酒でも口にしたのだろうか。
「あら、紅舞さんも食べさせて欲しいですこと?」
「ち、違うわよっ」
「ん、そうなのか? 紅舞、このサラダも新鮮味があって香ばしいぞ」
フォークで乱雑に刺した野菜を、紅舞の皿へと入れようと身体ごと寄せる。
「あ、あっ……暗翔がいいなら、あたしもっ……モグッ」
「……はい?」
まぶたをパチクリと、三度点滅。
次いで、目の前で起こった紅舞の行動に、笑いを浮かべる。
しかし、当の本人はなにも気付いていない様子だ。
なにを勘違いしたのか。
暗翔が差し出した野菜を、パクリッと皿に移さず、紅舞が食べてしまったのである。
「ハーレムな兄様は、嫌いではありませんこと」
隣で紅茶を一口運び
■□■□
「……ん?」
場所は変わること、朝日が差し込む外出時。
とある約束があるため、休日にも関わらず生徒で混雑する街へと足を運んでいたのだが。
整備された木々に、雑草は一定の長さでカットされている。
周りはすべり台などの遊具があり、幼い声の
公園のベンチに腰掛けていた暗翔は、とっさに首を背後へとやる。
だが、視線の先には、ただトイレがあるだけでなにも映らない。
「……勘違い、か」
どこからか、嫌な視線を感じた気がするが……自意識過剰だったな。
眉根をひそめ、ふっと肺から息を吐く。
腕に目落とす。
時計の針は、九時五十分を指し示していた。
「あれ、待たせたかしら……?」
右手側から、地面を踏みしめながら近寄る音。
特徴的な朱色の髪の毛が、いつもよりも
暗翔は身を起こすと、目の前に立っていた少女に瞳を向ける。
「おっ……」
「なによ、夜雪さんとは違って、胸のないあたしにガッカリしたの?」
不機嫌そうに唇を尖らせた紅舞の言葉には、だが暗翔は反応しない。
否――意識が完全に眼前の少女へと注がれていたため、反応できなかったのだ。
くるっ、とした愛くるしい目尻に、薄く添えられたのは、真紅に染まった唇。
普段とは、また違った印象に、思わず暗翔は。
「可愛い……な」
「えっ、可愛い……っ?」
驚いたかのように、紅舞は半歩後ろにのけぞる。
「いや……ごめん。その、可愛い過ぎてな」
「っ……か、可愛くなんかないわ……ッ。え、えへへ」
言葉とは裏腹に、頬が緩む。
暗翔は、歩み寄って紅舞の髪の毛を軽く撫でる。
続いて、片腕を取って足を前に進ませた。
「今日はデートだろ? さ、早く行って楽しまなきゃな」
■□■□
日常では、一人で歩かない道のり。
行き交う生徒たちのほとんどは、男女のペアである。
暗翔と紅舞が真っ先に向かった目的地。
左右に視線を巡らせると、
空気感からして、緊張が張り詰めているような感じが。
「もちろん、デートコースは決めているのよね?」
「あぁ、まずはゲームセンター。次に、映画館で魔法少女ちゃんを巡って、昼食は――」
「本気で言っているのなら、あたし今すぐ帰ってもいいかしら?」
暗翔から引かれる手を離し、紅舞は背を向けながら言う。
「これのどこが本気なのか教えてくれ」
「最初から冗談ですって言ってすら、くれないの?」
「それだと、面白くないだろ?」
はぁ、なんでこんなにこの男は捻くれているのだか。
胸内で
「まずは、軽くファッション選びでもしようか」
言いながら、連れて来られた店は、校内女子から可愛いと評判の洋服店。
意外と良いチョイスじゃないの。
八十点と丸を付けながら、店内を物色していく。
赤いワンピース、青を色落ちさせたカーディガンから、ひらひらと宙を舞うスカートまで。
気に入った服を持って、次々と試着した姿を暗翔に披露する。
『おぉ、明るくて紅舞に似合うな』
『その衣装だと、少し色合いが足りてないな』
『うん、大人びている感が紅舞の魅力を引き出していると思うぞ』
一つ一つに、暗翔は飽きず感想を口にしてくれる。
これと、これに……あれもかしら。
暗翔が褒めてくれた洋服を全てカートに押し込め、会計に並ぶ。
しばらくして、二つの紙袋を持ち運びながら店内を後にすると。
「重そうだな……これ、持つから。紅舞も女の子なんだから、無理するなよ?」
気の利いた言葉を掛けながら、暗翔が腕がちぎれるほどの荷物を代わりに受け取ってくれた。
「き、今日は……普段と違って、優しいじゃないの」
「そうか? 別に意識はしていないんだが……強いて言うならば、楽しいから。とか?」
「楽しいっ……」
「あぁ、紅舞が無邪気にはしゃぐ姿は、やっぱり可愛いし、見ていて楽しいな」
ほわっ、と顔に熱が籠るのを感じる。
こ、この感情はなんなのかしら。
思えば、暗翔が『人殺し』の一件を解決してくれてから――いや、いじめから助けてくれた時からか。
自分でも分からない、不可思議な感情が宿っていることを実感していた。
授業中でも、チラリと横顔を追ってしまう。
なぜだか、夜雪さんを含む女の子といちゃついている所を見ると、怒りが湧いてくる。
これは、一体――。
「それじゃあ、次の場所に行くとするか」
暗翔の一言で、脳内から意識が戻る。
深呼吸を行う。
しっかりと心を整理させてから、紅舞は口を開いた。
「えぇ、案内をお願いするわ」
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