五十三話 本音と嘘

「……ッは!? 暗翔があたしを殺すってことよね……嘘っ」


「安心してくれ。その命令に従う予定はない」


 驚く様子を浮かべる紅舞だが、無理もない。歴代最強最悪とも名高い【ヴラーク】。それを暗殺した当の本人が相手なのだ。


「だからって……殺さ、ない……わよね」


 暗翔に向けられる視線が、より一層険しい色に変わった。

 あぁ、と暗翔が応える。


「紅舞を信頼して身の上を明かしたんだ。だから、俺を信じてくれ」


「って言われても……」


「だよな……」


 口先で言葉を並べた暗翔だったが、本音は異なっていた。

 ――分からない。組織に従うべきなのか、紅舞を守るべきなのか。二つの異なる矛盾が、暗翔の判断に渦巻きを作っていた。

 唐突に、紅舞の身体が炎に包み込まれる。子犬のような丸い瞳が瞑られると、毛先がゆらゆらと灼熱色に燃え上がっていた。


「信じるわ。悩んでいても仕方ないもの。ちゃんとあたしを守ってよ? 世界最強の暗殺者さん」


「……世界最強って言葉だと、軽々しく聞こえるな」


「いいのよ。それぐらいの気持ちで」


 紅舞が満面の笑みで応える。相槌を打つように、暗翔も口の端を吊り上げた。

 現時点では結論を出すことができない。

 一体どうすれば――。


■□■□




「え、兄様があの有名な能力ギフトを? 能力ギフト所有者であることは把握してましたが、具体的な内容については教えて貰ってませんわ」


 戦闘を終えると、蒼冥が訊いてきた。夜雪が長く息を吐く。


「やっぱり……人を信用することが苦手なようですね、彼は」


「わたくしのことも信じてくれてないのでしょうか……」


「恐らく違うのではありませんか? 性格なのか、それか……初代【ヴラーク】に関係してのことなのか。果たしてどうなんでしょうね」


「初代【ヴラーク】に関係することでして?」


 話をしていると、いつの間にか、【レグルス女学院】にまで身を運んでいたらしい。

 学校の周囲には、鬱陶しい数の【ヴラーク】が蔓延っていた。

 次の瞬間、夜雪は目を二度瞬きした。  

 やはり、見間違いではない。

 全身にコートを着込んだ理事長が、教会に入り込んでいく。校舎に残る生徒や窓ガラスを破壊している【ヴラーク】を置き残して。

 

「気になることがありまして。生徒会長様、一旦失礼しますわ」


 蒼冥に断りを入れると、影に潜る。理事長のあとを追跡することにした。




■□■□


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