三十七話 理由と本音

 ベッドに横たわるのは、二十歳にも満たない少女の肉体。応急処置を施した夜雪の身体は肌白く、薄明かりの室内を照らすような明るさを保持していた。

 夜雪の自宅に女子陣を連れて帰った暗翔。紅舞は自室で寝かせてある。覚醒する気配が微塵もない。睡眠薬を飲まされているのだろう。


「処置は済んだ。これまでの行動について、説明を願ってもいいよな?」


「はい。もう、わたくしは終わりですこと」


 夜雪の唇から、言葉が溢れる。小降りの雨音が、二人の室内に充満していた。

 ――【レグルス女学院】。

 【アルカディア魔学園】を含むこの人工島において、四つの学園の一つ。【レグルス女学院】の女学院という名前の通り、昔は女性だけで構成された学園だったらしい。それは学園だけに留まらず、【レグルス女学院】を管理するレグルス国も同様だった。しかし、現在は男女の共学制度を導入し、本国でも法律改正が行われたそう。

 

「わたくしは、この【レグルス女学院】理事長に妹を誘拐されているのですわ。つまり、人質ということでして」


「待て……だとすると、夜雪は実質レグルス国のスパイってことか?」


 基本的な事柄だが、学園の名前は所属する国家から取られている。【アルカディア魔学園】も例に漏れず、アルカディア国が大陸に存在している。

 この人工島は、小さな国家間でのつば迫り合いを表しているのだ。

 

「アルカディア国の潜入には、そのような命令を受けていました。もちろん、兄様とわたくしが所属する組織にも同じく」


「上層部にバレたら即刻暗殺されるぞ? 相当な度胸があるんだな」


「妹のためですこと。今回の兄様暗殺に関しても、理事長から命を受け動いていました。しかし、最後まで躊躇って、その結果が惨敗……所詮、わたくしは偽善者ですこと」


 どういうことだ、暗翔が催促する。

 夜雪の瞳は、ベッドのシーツに伏せてしまう。

 

「自己満足、ですわ。妹を助けるために、兄様や紅舞さんを犠牲にして殺そうとした。矛盾的な行動……偽善に過ぎませんこと」


 夜雪が窓際に手を置くと、指先を丸めた。

 言葉がさらに紡がれる。


「路地裏で生活していた頃に、助けてあげると声を掛けて来た男性が多くいまして。だけれど、それはあくまで体裁を取り繕ったまで。本心では、全員が体目的でしたわ。偽善者――あんな人間にはなりたくなかったのに……いつの間にか、成り下がってしまいました」

  

「それは違うな。少なくとも、妹さんに対する気持ちや行動は決して偽善ではないはずだ。完全に純粋な善意からの行動だからこそ、身を案じて指示通りに俺を殺そうとしたんだからな」


「ふふっ、なるほど。兄様に言われた通り……なのかも知れませんわ。ありがとうでして」


 くすり、と夜雪が小さく微笑むと、白髪が涼しそうに揺れた。言葉を途切れたと思いきや、寂しげのある低いトーンで再度発せられた。


「でも、妹を救うことはできませんでした。兄様に殺される最期ならば満足でして」


 振り向いた夜雪は、影色の刀を片手に生み出す。逆手に持ち変えると、自らの心臓に向けて刃先を定めた。

 かすかに聞こえる息遣いが荒い。手元が小刻みに震え、唇は僅かに開かれている。冗談や嘘ではない。夜雪自身の責任を取るという意思表示なのだろう。

 どうか一思いに、と小声でつぶやかれた。月夜の明かりに照らされ、濡れた瞳が目に入り込む。

 刀の持ち手部分を奪い取った暗翔は、一方の手で刃先を掴むと折り曲げてしまった。


「それこそ偽善者だろう? 妹を助けるという目的を達成できなかったから放り出す? 違うだろ。夜雪、お前には俺や――紅舞がそばに居る。頼ることを覚えろ」


「兄様……?」

 

「【レグルス女学院】だったか? 夜雪を弄んでくれた挨拶返しをしてやらないとな?」


 暗翔は企むような笑みを浮かべると、夜雪の身体を抱擁する。

 元々は自身が拾い上げた、まさしく兄弟のようなもの。守れなかった。否――これから守る必要がある。

 【レグルス女学院】理事長だったか。俺が暗殺者と分かってなお、狙いを定めたのだ。その罪は、身体で償って貰わなければならない。

 さぁ、反撃の狼煙のろしを放とう。

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