九話 【ギフト】について
ねぇ、と周囲にバレないよう潜めた声量。
つんつん、とわき腹に感触が伝わる。
「なんだ?」
「……それを聞きたいのはあたしの方よッ」
教室内を占めているのは、沈黙とペンを動かす手の音。
いつも通り、教室で授業を受けている最中に。
隣の住人が、暗翔の注意を引いてきた。
「あぁ、座る位置のことか?」
普通ならば、廊下側に腰を下ろす暗翔なのだが。
今日に限っては、赤髪少女の席へと移動していたのだ。
おかげで、クラスメイトから浴びせられる視線の数に、眉根をひそめるほか無い。
「えぇ、なんであたしの隣なの?」
「その嫌そうな言い方は傷付くぞ。ほら、デートし合った仲じゃないか」
「まったく持って違うのだけれど!?」
紅舞が叫んだことによって、クラス中から注目を浴びてしまう。
「なんですかにゃ。紅舞ちゃん?」
「すみません。なんでもありません。『
猫先生というのは、現在教卓の前に立っている人物。
つまり、暗翔の担任である。
語尾に毎度『にゃ』を付ける癖があるために、猫先生という呼び名が付いたのだとか。
「ふむ。暗翔君、なにかしたのかにゃ?」
「いいえ、紅舞の突発的な叫びたい症候群が原因です。白い目で見てあげて下さいよ」
「勝手に病気患っていることにしないでくれるかしらッ!?」
あはは、と湧き上がる教室。
純粋な笑いと、馬鹿にしたような感情が音色に混じり合う。
顔面を髪の色と同じく
「痛いって、紅舞」
「ふん、知らないわよ」
鋭く
猫先生は二度手を叩くと、授業の内容に生徒たちの注意を戻す。
「――では……暗翔君に問題を一つ出しますにゃ」
言いながら、猫先生は暗翔を起立させた。
「先程は【ヴラーク】の種類について勉強をしましたにゃね? 覚えていますか、暗翔君?」
「大まかに分別すると二種類、ですよね」
うち一種類は、暗翔が先日目にした形態の【ヴラーク】。
全身が黒く染められているのが特徴的であり、それぞれが別々の身体を形成しているのだ。
これは、翼が生えたヘビや槍を手にした
そして、もう一種は――。
「えぇ。黒い【ヴラーク】は知性を持たない――いわば雑魚兵。その逆、つまり知能があると言われている【ヴラーク】は
紅舞に助けられたあの日の戦闘時には、出現しなかった種類。
暗翔は着席すると、隣でノートに手を動かしている少女につぶやいた。
「なぁ、その白い【ヴラーク】ってのは、どんな特徴的をしているんだ?」
「……そんなことも知らないのかしら?」
呆れたように、肩をすくめた紅舞。
続いて、自らのノートを暗翔に渡す。
ありがとう、と言葉を掛けながら書かれた文字に目を通していく。
――知性ある【ヴラーク】。
基本的に全身は白く、人間と同じ形態をしている。
しかし、一つだけ黒い【ヴラーク】とは異なる点が。
「【ギフト】を所持している……か」
「そうよ。あたしたち人類が授かった【ギフト】。それは、【ヴラーク】が使える能力だったのよ」
「ってことは、紅舞が持っている炎を操る【ギフト】も?」
こくり、と目の前で少女は首肯する。
……ん? でも、待て。
そうなると、そもそも【ヴラーク】自体はいつし
そんな暗翔の問いに、話を進めていた猫先生の言葉が耳に入る。
「では、次に【ヴラーク】が初めて観測されたのは、いつ頃か。それは、約四年前のことですにゃ」
■□■□
傾きかけた太陽が、ギラギラと肌身を焼けさす時間。
帰りを歩く暗翔は、普段のルートとは異なる別の道から帰路に着いていた。
道中に、脳へフラッシュバックするのは昼間の授業内容。
――突然、唐突に現れた一体の白い【ヴラーク】。
大陸の中心部に出現すると同時に、どこからか
それぞれの本から召喚した武器を使用し、地上に破壊と絶望をもたらした。
一本の槍を投げただけで、街々は一瞬にして
はたまた、視界に捉えた逃げ回る人間を全て真っ二つに切断した。
たった一度、腕を虚空に振っただけで。
この世に、存在してはならぬ生命体。
大陸中の各国が協力し、武力で応戦するも。
ただ、人々の命は散るだけ。
では、一体そんな怪物をどうやって撃退したのか。
それは――。
「……ん?」
脳内から意識を戻した暗翔は、微かに眉根をひそめる。
数人の笑い声が鼓膜に伝わった。
ただの話し声だけではない。
中には、一つの泣き声が含まれている。
放課後、それもここは
気付かれないように、気配を殺しながら声のする方向へ歩み寄っていく。
『きゃははっ! 人間のゴミが、平気な顔して学園に来ているとか。まじきもいんですけどッ』
『ッ……ぐ、っ』
『おいおい、身体の見える所に傷は付けないようにしろよぉ? またバレちまうぞ』
『その時は、どうなるか分かるよね〜?』
どうやら、あまり好ましくない状況らしい。
暗翔は、物陰から顔だけ覗き込む。
男女三人の集団で、一人の少女が囲まれている。
少女側の方は、朱色の髪で顔が隠れているも腕や背中など、身体の至る所に青い傷跡が視認可能。
『あッ……ぐ、ぅッ……』
『もっと苦しまないと、あーしたちの友達の気が晴れないんですけど』
『人殺しが、なに勝手に転入生とイチャイチャしているんだぁ? 自分の罪、分かってるの?』
『人殺し』……?
そんな呼び名の人物は、この学園を訪れてたった一人しか知らない。
男女三人に、腹部を蹴り上げられ仰向けに倒れる少女。
まさか――紅舞か?
脳裏で思考を巡らせ、視線を元に戻すと紅舞の顔面めがけて拳が振るわれる寸前だった。
暗翔は内心で舌打ちを鳴らすと、一瞬で三人との間を詰め、力一杯込められた腕を受け止める。
『なっ、誰だお前はぁッ!』
『っ……なになに、正義の味方参戦とかー。まじあり得ないんですけど』
突然の参入者に、動揺の色を隠せない三人。
その隙に暗翔は捕らえた腕を捻り曲げると、倒れていた紅舞の前に立ち塞がる。
「く、暗翔……っ!」
「これ以上いじめるんだったら、俺を殴れよ。じゃないなら、さっさと立ち去れ。既に教師には通報済みだぞ?」
などと、わざとらしくデバイスの画面を表示させると、三人は逃げるように姿を消した。
無論、ハッタリである。
暗翔はポケットにデバイスをしまい、目尻に水玉を溜めている紅舞へ手を差し伸べた。
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