十話 協力

「……ありが、とう」


 普段よりも数倍、弱々しく吐かれた言葉。

 苦痛そうに顔を歪める紅舞を目で捉えながら、暗翔はこれからどう対処するか思考していた。

 二人が向き合っているのは、校舎内に置かれている保健室。

 放課後の時間は、誰も室内に立ち寄らないため、二人きり。

 むしろ、暗翔たちにとっては好都合と呼べる状況だった。


「こんなことを、毎日されているのか?」


「……暗翔には、関係ないじゃない」


 トゲのある言葉が、紅舞から返される。

 しかし、暗翔はなんの感情も持たないまま口を開く。


「だとしたら、俺は今この場所に居なかっただろうな」


「っ……」


 保健師まで、傷だらけの紅舞を運んだのは暗翔である。

 思うところがあったのか、言葉を飲み込む少女。

 すっ、とベッドに横たわる紅舞に顔を近づけた暗翔は、静かに言う。


「全ての事情を説明してくれないか? 少なくとも、俺はその権利を持っているはずだがな」


「……あたしを助けた借りってこと?」


「あぁ。それに、このままの状態ならば再び繰り返されるだろ」


 暗翔は、通常時とは変わって真剣な声色。

 はぁ、と紅舞のため息が室内に響き渡る。


「分かったわよ……最初から、全部説明するわ」


 ――紅舞いわく、あの男女三人組が突っ掛かった来たのは、三ヶ月前。

 全員が紅舞の『人殺し』の被害者にあたる人物と繋がっていた。

 つまるところ、やり返しってところだ。

 それから、数日おきにああやっていじめを受けているらしい。

 この学園の仕様【模擬戦闘ゲーム】を利用すれば、殺さずにただ痛みだけを与えることも可能。

 最初は紅舞も抵抗したが、数の暴力と脅しのせいで、もはや為されるまま。

 

「そこまでは理解した。それで、肝心の『人殺し』ってのはなんなんだ?」


「……簡単に言えば、あたしのミスでこの学園の生徒一人を歩けない身体にさせてしまった――いいえ、わ」


「らしい?」


 あやふやな言葉に、暗翔が追求の視線を向ける。


「えぇ。あたし自身が覚えていないの。【ヴラーク】との戦闘中に起こった事故なんだけれど、その時の記憶が全く無いのよ」


 ――ただ、戦闘に夢中だったという訳ではないらしい。

 意識そのものが乗っ取られたかのように、記憶自体が存在しない。

 覚えているのは、血だらけで倒れている生徒に、それを見下ろす自身のみ。

 

「……こんなの、都合が良い嘘って思っているでしょ? でも、本当にそうなのよ」


 紅舞の声そして現れている表情から見れば、少なくとも本当のことを口にしているな、と内心で思う暗翔。

 

「紅舞はそんな人間じゃない。本人に謝るはずだろ? 俺的には、真実性を帯びていると思うが……」


 そんな話に、被害者側からすれば聞く耳すら持たない。

 なるほどな、と暗翔は合点する。


「あの三人が『人殺し』って言いふらしているのか」


「そうよ……」


「それで、被害者は今はどこに?」


「……この島から運ばれて、大陸一番の病院。一命は留めたけれど、もう四肢は自由に動かせない。【ヴラーク】を倒す人生が終わった――」


「つまり『人殺し』ってことか」


 えぇ、と紅舞がつぶやく。

 暗翔は頭の中で逡巡しゅんじゅんさせると、これからの流れを決定した。

 ふっ、と笑みを口元に浮かべる。


「ならば、まずやることは紅舞へのいじめを辞めさせることだな」


「っ……でも、できないわよ。そんなこと」


「そうか? 俺は既に候補が上がっているぞ?」

 

 簡単ではないが、このいじめに終止符を打つことはできる。

 その代わり、と言葉を続けると暗翔。


「決めるのは紅舞自身だ。今から説明する内容を聞いて、判断してくれ」


「……分かったわ」


 ――いじめ自体を辞めさせる手段は至ってシンプル。

 【模擬戦闘ゲーム】を利用して、お互いが賭け事をすれば良い。

 一応、お金がチップとなってはいるが、別にそれ以外であらかじめ約束しておけば問題はないはずだ。

 

「相手は、少なくとも紅舞をこの学園から追い出したい思惑がある。ならば、それを利用するしかないだろ?」


「でも、あたしの実力じゃ……一人ならまだしも、三人一斉に相手取ったら勝てないわよ」


「なにも紅舞単身で戦う必要なんてない。ここにいるだろ、頼りがいのあるナイスガイが」


 謎の沈黙。

 なぜだろう、滑ったのか?

 

「言葉はともかくとして。確かに……」


 顎に手を当て、考え込む紅舞。

 しばらくすると、一度首を縦に振った。


「お願い、暗翔。力を貸して欲しいわ……あたし一人じゃ、どう立ち回っても無理ね」


 よしよし、と暗翔は内心でうなずく。

 次いで、不気味な笑みを浮かべながら指を一本立てる。


「そのつもりだ……本来だったらな」


「本来だったら? なにか、別の考えがあるの?」


「あぁ、よく考えてみてくれ。俺は紅舞をここまで運び、看病をして。さらには、解決策にまで力を貸してあげたんだ。一つ、ご褒美くらいは必要だよな?」


 次の瞬間、紅舞はなにを思ったのか耳元まで紅く染め上げて。

 さっ、と自らの身体を抱きつくように手で覆った。

 主に、胸と下半身部分を。


「な、なっ。あっあたしの……身体を、戻る気なの!? 少し、少しだけいい奴って思ってたのに、やっぱり最低な男なのね……ッ!」


 言いながら、手元にあったまくらを投げてくる紅舞。

 暗翔は反射的に受け止めると、手で持ったまま首をかしげた。


「なにを言っているんだ、紅舞は。胸が全然ないお子様体型に興味は――いえ、ありますが」


 キリッ、と紅舞から放たれる殺意に、暗翔は言葉を若干切り替える。

 ……あの、紅舞さん。炎をわざわざ手元に出す必要ないですからね。

 生命の危機に、暗翔はハラハラしながら話を続けた。


「やっぱり、紅舞ほどの美人とは一度くらいデートしてみたいなってな。ってことで、また後日どうだ?」


「……はぁ、あたしはその要求を飲むほかないようね」


 勘弁、と笑いながら紅舞は包帯が巻かれた片腕を握手する形で。

 暗翔に差し向けた。


「約束よ。これから、暗翔の力に頼ることになるわ。お願いね」


「安心してくれ。デートプランは考えてあるさ」


「……馬鹿ね」


 優しく紅舞は、口元をほころばせる。

 暗翔が小さな手を取り、軽く握手。

 続いて、視線を合わせた二人は。

 タイミング同じくして、二つの笑い声が保健室に響いた。

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