十一話 戦闘
「……あぁ、問題なく。
「そうか。ならば、なぜ君から連絡をよこした?」
「少し、計画に必要な部分で、こちらからは手が出せない場面が出てきたんだ」
月夜の光が窓を通して、差し込んでくる。
虫たちの音色が神秘性を帯びて、つい意識が逸れてしまう。
少年はことの成り行きを説明したあと、組織側への要求を口にしていく。
訪れる数秒の間。
「……それが、最善の手かい」
低く、まるでこちらの真意を問うような質問に。
少年は、あぁ、と肯定の声を鳴らす。
「了解した。しかし、そう何度とはこちらも動けない」
「十分だ、助かる」
そんなやり取りは、深夜の闇にまかれ消えた。
■□■□
ふぁー、と気だるさを含めたあくびが口から漏れでる暗翔。
その様子を横で歩く紅舞がじっと、視線を浴びせてきた。
「寝不足なの?」
「あぁ、いや。別になんでもない」
「……そう? なら、もう少しシャキッとしなさいよね。よりによって今日は――」
紅舞がなにかを言い出そうとした矢先。
二人は、とある施設の中へと足を踏み込む。
観客席が一階の競技場を取り囲む形で置かれ、暗翔は無意識に身体がこわばる。
猫先生と戦った場所は第一競技場に対し、こちらはまた別。
しかし、構造自体は目で通した感じ変わらない。
「分かっている。今日の目的は、互いの実力を図るんだよな」
作戦を組み込む上で、相方の力を知らなければならない。
「それなら、まずはあたしからで良いかしら?」
「俺が好きだからって、炎を打ってくるなよ」
「……お好みなら、生焼きにしてあげるけれど?」
紅舞は、火を宿した腕で暗翔を掴もうと近寄る。
っ、危ないな……
手が肩に触れようとした所で、暗翔がバックステップ。
「ほら、始めてくれ」
言われなくてもよ、とドームの中心に向かう紅舞。
軽く屈伸したと思ったら、指を弾き鳴らす。
「あたしの【ギフト】はこうやって、炎を自在に操れるのよ」
暗翔の視線先には、周囲に燃える炎を出現させた紅舞の姿が。
それだけではない。
再び指を鳴らす音が響くのと同時。
床を一色に染めていた火たちが、紅舞の手元に吸い込まれるようにして収束していき。
「……鳥、か?」
「えぇ。これがあたしの【ギフト】『
炎を
擬似的に火そのものの姿を変化させる【ギフト】か。
目の前の現象を素早く整理する暗翔。
「これだけじゃないわ。普段は、こっちをメインに使っているのよ」
再び炎が一点に集まり、物体を形成。
紅舞が手を伸ばすと、長細い炎の剣が握りしめられた。
「持ち手が熱くないのか?」
「あたし自身の【ギフト】で生み出した火よ。自傷ダメージを負うなら、それこそ本末転倒じゃないの」
確かにな、と暗翔が
観察してみると、紅舞の手に収まった刃は、勢いを止めることなく炎を上がらせている。
自身の【ギフト】の性質をしっかりと理解しているな。
剣先を暗翔に向けた紅舞は、不敵な笑みを浮かべながら口を開く。
「ほら、構えなさい暗翔。【
「……それが俺の実力を伺うのに、一番早いってことだな」
「話が分かってくれて助かるわ」
暗翔は言われた通りにデバイスを取り出すも、ふと思いついたような顔つきに。
「せっかくだし、なにか賭けごとをしないか? 例えば、相手の身体をすみずみまで触る権利とか」
「暗翔の欲求丸出しじゃないの!?」
「どうしたんだ? まさか、紅舞ほどの実力者が怖がっているわけじゃないよな?」
子供じみた暗翔の挑発だが、紅舞を勝負に乗らせるには十分であった。
「じゃあ、勝者には一度だけなんでも相手に命令できる権限ってのはどうかしら?」
「なんでも、な」
「っ……で、でも。もちろん、常識の範囲にするのよ?」
ッチ、と聞こえる音量で舌打ちをする暗翔。
――【
相手側を降伏、または戦闘不能まで追い込めば勝ち。
また、個人的な賭けで勝者には命令権を。
両者は了承をタップすると、構えの姿勢に入った。
「後悔するなよ?」
「このあたしに【ギフト】無しで挑む度胸。それだけは褒めてあげるわよ」
握り拳を作って軽く足を広げる暗翔に、紅舞は炎の剣を持ちながら低く姿勢を取る。
始まりの合図とともに、次の瞬間。
競技場内に、
炎が、膨れ上がり大爆発。
瞬く間に、押し出された火たちが空間を埋め尽くしていく。
「どうかしら。喉が焼けるほど苦しい? ならば、降伏することね。まぁ、既に倒しちゃった可能性もあるかしらね」
余裕気のある紅舞の声を歯切りに、炎の煙幕は薄れていく。
三十秒もすると、建物は完全に元通り。
すると、紅舞は眉根を寄せて視線を左右に動かす。
「ッ……どこに行ったの!?」
焦ったような叫び。
しかし、返ってくるのは静かな沈黙。
「まさか、競技場の外に……っ?」
紅舞が疑問の色を口にした
ヒュッ、と一筋の風が抜ける音。
続いて、二度目の爆音が建物内を襲う。
地面が砕け、取り囲む観客席の壁にはヒビが入り込んでいく。
「隙があり過ぎなんだよ」
「なっ……!?」
突如として紅舞の正面に現れた暗翔。
一歩あるかないかの距離。
右足を軸に、暗翔が全身をひねり上げて繰り出すのは蹴り。
「ッ……がっ……ッ」
息が押し出される音。
紅舞は、迫る蹴りを刃で相殺するも、その反動で背後に吹き飛ぶ。
バンッ、と瓦礫が散り、もはや壁という原型が破壊されている。
「女性を殴るってのは、あまり気が引けるが……ん?」
「はぁぁぁぁッッ!!」
暗翔が勝ち誇ったかのような態度でいるところに、火球が飛来する。
一つ一つが、取り込んだ物質を灰に変えるかのように感じさせる熱量。
……少し見直した。
紅舞が、ここまで根のある少女とは。
その功績を称えるかのように、暗翔は自ら炎の球へ当たる。
「やったッ! これで……っ!?」
「これで、なんだ?」
紅舞の表情が、笑みから一転し絶望の色に。
炎の中から、多少の傷を負いながらも暗翔が歩み抜けたのだ。
たった一振りで、火球を破壊して。
鼻につくのは、肉が焦げた妙な臭さ。
暗翔は地を踏みしめ、一気に紅舞との距離を詰める。
「こ、このッ……っ!」
迎撃するように振られた刃を避けると、手のひらで弾き飛ばす。
続けさまに放たれた炎に、突き出した拳で打ち消した暗翔。
ジュッ、と頬を炎がかすめるとともに、小さくつぶやく。
「勝負あったな」
すると、二つのデバイス音がタイミングよく室内に伝わった。
『片方の戦闘不能により、【
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