十二話 戦闘後

「ほら、もう立てるだろ?」


「っ……ありがとう」


 ピクリッ、と僅かに紅舞の身体を跳ねる。

 これはやり過ぎたな……。

 暗翔は紅舞を壁から起こし上げながら、顔を引きらせるしかない。

 もはやそこには、地面と呼べる地帯はなく、ガラスの破片のように破壊し尽くされた跡だけが視認できる。


「ねぇ……一ついいかしら」


「あぁ、最初の爆発後か?」


「察しが良くて、ね」


 暗翔を見つめる紅舞の瞳には、純粋な疑問形が宿っているかのよう。

 

「なら、俺から二つのヒントをあげよう。推測してみろ」


 なにか言いたげな表情の紅舞。

 しかし、暗翔が言葉で先制をかける。


「まず、第一にこの床。もちろん、これは俺の仕業だ」


 そして、と続けて二本の指を立てる。


「紅舞が仕掛けた爆発。あの攻撃を避ける最善の手とは? 一応先に伝えておくが、この施設外には出ていないぞ」


「そうね……例えば――」 


 紅舞が動かした目先には、損傷が少ない無数の席。


「観客席か。良い筋だが、その程度の知恵ならば浅い」


「っ……じゃあ、一体どこに行ったのよ!」


 声を荒げる紅舞に、暗翔は指先を真上へ。

 競技場とはいえ、天井は設置されている。

 爆発とは、基本的に横側へと広がっていく。

 ゆえに、二階の観客席や壁にはあまり傷がない。


「天井に吊り下がっていたんだよ。この地面は、着地した時の反動。風の気持ち良さに、つい衝撃を殺し忘れた」


「……ねぇ、暗翔」


「どうした?」


 声色を変えた紅舞の様子からは、真剣さを帯びている。

 暗翔は顔を向き合わせると、視線で返答を促す。


「あなた、本当に【ギフト】を所有していないの?」


 鋭い質問だ。

 暗翔は顔色を一切変えることなく、言葉を発する。


「この程度なら、どの人間にもできる」


「……」


 軽く流すつもりだったのだが……。

 紅舞は顎に手を当てながら考える姿勢を作った。

 肩をすくめた暗翔は、首を辺り一面に回す。


「これ、誰が修復するんだろうな」




■□■□




「……だから、あたしと敵は同じランクなのよ」


 時は進むこと一日。

 平日の朝から夕陽が沈む頃合いまで、勉学に励む学生は大変だな。   

 そんなことを考えている暗翔もその一員なのだが。


「ランクか……ええっと、なんだっけ」


「ちょっと! あたしの話しを聞いていたのかしら?」


「あぁ。紅舞の胸のサイズがA……っ、そんなに耳を引っ張らないでくれ。痛くて頭がハゲる」


 ハゲないわよッ、と紅舞の掛け声が学園内の芝生に伝わる。

 学園の敷地面積は計り切れないほどに広大であり、二人が弁当箱をつまんでいるこの場所は、校舎に囲まれた、ちょっとした休憩スペース。

 

「それで、ランクってなんだ?」


「……はぁ、まぁいいわ。もう一度は言わないわよ?」


「記憶力には自信がある」


「なら、先程の説明で理解できたんじゃないのかしら」


「なんのことだか、さっぱり」


 それで、と暗翔が話を進めるように言う。

 弁当を片手で口元に運びながら、紅舞の聞いた説明をまとめると。

 ――ランクとは、この学園内の在学生のみを対象とした制度。

 全部で、一から七まで。

 数字が高くなればなるほど、その生徒自身の【ギフト】及び実力が強いことを示す。

 二から三ランクが一番全体の生徒数が多く、五から七ランクまでは限られた人数しかなれない。

 ちなみに、暗翔は現在一ランク、紅舞は四ランクである。

 

「それで、そのランクを上げるためにはどうするんだ?」


「月に一回あるかないかの頻度で、【ランク戦】ってのがあるわ。そこで優勝または、好成績を残せば上がる仕組みね。まぁ、もう一つ抜け道はあるのだけれど」


 暗翔は無言で、聞くことに徹した。


「知っているかしら? あたしたちが通っている学園――【アルカディア魔学園】の他にも、この人工島には三つの学園があることを」


 それは知識として頭に入れ込んでいたが、この学園が【アルカディア魔学園】っていう名前とは知らなかった。

 

「まあな。ってことは、その他学園と競う大会ってのもあるんだろ?」


「そうよ。大会で良い成績を収めてもランクは上がるわね。これは、現在唯一の七ランクが当てはまるわね」


「なんだ、その生徒は大会で優勝でもしたのか?」


「優勝なんてレベルじゃないのよ。もう、天下無双って感じで、その年のランク戦と大会は全て総なめ。人間じゃないわよ」


 どこか現実帯びていない口調の紅舞だって、ランクは四。

 十分に強さを証明できるランクである。


「ま、今の話は例外だわ。普通は、少しずつ成績を積み重ねていくのよ」


「ということは、紅舞もランク戦を勝ち上がったのか?」


 そうよ、と肯定の言葉が返ってくる。

 

「ついでに言っておくと、このランクシステムには個人と団体の二つに分かれているの。あたしは、個人が四ランク、団体は……一よ」


「ぼっちの紅舞には、組む相方が居ないってことだな」


「わざわざ事実を口にしないでくれるかしら……意外と胸に刺さるのよ」


「それは失礼」


 紅舞を捉えた暗翔の視線には、確かに哀れみを含む。

 無駄な話を掘り返すのは、悪手だ。


「それじゃあ、今度戦う相手のランクは?」


「全員あたしと同じ――つまり、四ランクよ」

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