四十三話 重大な命令

 耳にデバイスを当てると、聴き慣れたキザな声色が返ってきた。


「こんにちは……いや、こんばんは、かな? 暗翔君」


「普通の回線を使っての連絡か。用件は?」


「どうやら、面白い展開になっているらしいね。【レグルス女学院】と【アルカディア魔学園】のランク争奪戦は、君が裏で糸を引いてるのかな?」


 察しがいい。否――この男は分かった上で質問しているのだろう。暗翔の反応を楽しみたいという側面が昔からある。

 

「挨拶返しってところか?」


「それは夜雪君に関することだろう?」


 まるで微風が吹き抜けるかのように、男が事実を示した。

 情報の回りが早い。

 【アルカディア魔学園】は、アルカディア国が母体となり運営されている。暗翔の入学には、国家絡みでの手回しが関係していた。

 無論、暗翔の所属する組織はアルカディア国の直属。工作員やスパイ、暗殺者はどの国家であれ、配置されているだろう。


「情報が早いな」


「少々予定が変わるかも知れないのさ。それで、夜雪君とランク争奪戦には、なんの因果関係があるんだい? あと、勝手に君が能力ギフトを使用した件についても、詳しく説明を頼むよ」


 わざとらしく舌打ちを鳴らしてみたが、男の様子には変化が見られない。


「夜雪は妹さんを人質に取られてたんだよ。【レグルス女学院】の理事長に。それで、俺を暗殺しようとして来た。能力ギフトの件については、ただのノリだ。あのスカした理事長の部屋を破壊したかったんだ」


 あはは、と電話口で笑い声が響く。どうやら、男にとって想定外の返答だったらしい。


「暗翔君らしいね。能力ギフトについては、見逃そう。これから行う計画の中に、君の能力ギフトの使用が含まれるからね。ただし――夜雪君には相応の罰を下す必要があるんじゃないかな?」


「実質組織に対するスパイだった訳だからな。だが、罰は俺が許さない。夜雪は必要以上に情報を渡してない。加えて、戦力的にも申し分ない。今後は俺が監視する。手は出すな」


 語尾を強めて、男に言葉を投げる。手を出せば、容赦はしないという意味合いを含めて。

 暗翔の意図を汲み取ったのか、男は軽やかな口調で言い返して来た。


「冗談だよ、冗談。上も処分検討は考えないだろうね。暗翔君がバックに居るんだから、さ」


「やけに甘いな」


「はは。レグルス国を潰す絶好の機会なのさ、今回は。実はね、暗翔君の身元と能力ギフトに関して探るような輩が、あの国には居てね。多分、情報が渡った。夜雪君の存在のせいでね。といっても、彼女もまた暗翔君の能力ギフトの存在は知らないんだけどね」


 先を促すように、暗翔は黙って男に言葉を譲る。


「もはや君の存在を隠し切るのは不可能だ。組織の情報流出も踏まえた上で、対応する必要があるのさ。僕たちも人工島に行くよ」

 

「……あんた達が動くとは、相当だな」


「幸い、二校がランクポイント争奪戦を行うようだしね。招待枠を通じて人工島に入り込むさ」

  

 ミルクとシュガーを全てカップに入れると、ふんわりとした香りが部屋に充満する。紅茶を一口飲むと、デバイスから音声が響いた。


「その紅茶を淹れたのは夜雪君かな?」


 あぁ、と相槌あいずちを打つ。


「彼女は組織から解任されるだろうね。ランク争奪戦が終わったら」


「なぜだ?」


「裏切りの件が一点。彼女の存在がバレてる以上、あまり動かすことはもうできない。そして、本来の暗殺者ではなく普通の人間としての道を歩んで貰うためさ」


「……あんたが手回ししてくれたのか」


 デバイスを掴む指先に、ぎゅっと力が入り込む。硬い感触が、心の壁のように感じた。

 まろやかなアップルティーの水々しさが、肩の力を抜かしていく。


「拾った暗翔君自身が罪を感じているみたいだからね。精神的な負担は仕事にも影響するからって理由で。それほど、君の存在は組織にとって優先事項なのさ」


 「……そうか」


「総括するよ。夜雪君と君の能力ギフト使用の件は許そう。そして、君はランク争奪戦時、組織と一緒に人質の解放及び、レグルス国の上層部捕縛と情報抹消を行う」


「向こうの上層部がそう簡単に集まると思うか?」


「問題ないよ。君が能力ギフトを使用してくれたおかげで、初代【ヴラーク】の能力ギフト所有者が確定した。奴らは血なまこになって君の能力ギフトのありかを探していたのさ。訪れるに決まってる」


「そこを叩くということか」


「もう一つ。君に重大な指令が出たんだけどね――」

 

 男がなにか言い掛けたその矢先。突然外から、爆発音のようなものが聞こえた。地面が爆ぜるような、尋常ではない音。そう、例えるのなら紅舞が能力ギフトを使用した時のような――。

 断りを入れて着信を一旦切り終えると、暗翔は慌てて玄関を飛び出た。

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