四十二話 カラオケ

 団体戦及び、個人戦から一週間が過ぎた頃。暗翔含む一向の団体ランクは四となり、暗翔個人もランクは二となった。

 暗翔の注目度は学園の枠を超えて、他校にも広がっている。特に、団体戦での活躍が良くも悪くも関心を集めてしまったようだ。

 流石に、三秒間であれだけの【ヴラーク】討伐は不可能だという意見が大多数。掲示板では、【アルカディア魔学園】生徒会長以来の麒麟児だとも噂されている。

 ちなみに、生徒会長はこの学園で唯一ランク七を達成している、正真正銘の怪物らしい。

 暗翔は、意識を目の前に戻した。

 軽快なリズムの曲に合わせて、少女のテンション高めな歌声が部屋に満ちている。対照的に、暗翔は表情一つ変えることなく機器の画面と睨めっこしていた。

 つまるところ、カラオケである。夜雪家リビングにて、三人は娯楽に身を投じていた。  

 紅舞と夜雪はリズムに合わせて、それぞれ朱色と白銀の髪を揺らしている。一方で、暗翔の体は硬直気味。

 乾いた唇を舐めると、額に手を置いた。

 

「なんの曲も知らないぞ、俺は……」


 テレビの前に立っている夜雪が左腕に包帯を巻いたと思いきや、右目を隠しポーズを決めていた。いわゆる、厨二病に違いない。夜雪には、そういう節がある。

 あっという間に、盛り上がりを見せていたアニソン曲が終了。


「これ最近放送してるアニメよね。夜雪さんってアニソン好きなの?」


「当たり前でしてよ。特に今期は、日常系のアニメが人気ですわね」


「あー、生徒会役員長とか女子高生の金遣いとか? あとは、くまのこのこのここしだんだん、とかも有名どころかしら」


「あとは、不幸のノートとかもオススメですわ」


「なにそれ?」


 クッキーを口に放り込んだ紅舞が、疑問符を言葉に乗せた。

  

「ノートに名前を書かれた人物が、必ず不幸に遭うという話でしてよ」


「それ日常系というよりサスペンスホラーじゃないかしら……」


「あら、そうなんでして?」


 ボケたのか冗談なのか分からない夜雪が、席を立った。戸棚から紅茶のティーを取り出すと、お湯を沸かし始める。

 いつまでも選曲を決めない暗翔に疑問を感じたのか、紅舞が隣に腰を下ろした。


「まだ歌う曲決まらないのかしら?」


「いや、曲なんて国歌ぐらいしか分からないぞ」


 自虐ではなく、事実であるのだが。

 紅舞が目を細め、ジト目を向けてくる。疑っているであろうことは言うまでもない。


「これは冗談じゃないからな?」


 ガシャ、と金属の音が鳴る。暗翔と紅舞の前に、湯気立つ紅茶とミルク、シュガーが置かれた。夜雪は、自身の分もテーブルに乗せると、ソファに座り込む。

 

「国歌でもなんでも曲には変わらないですわ」


 紅舞がシュガーをカップに注ぐ。

 暗翔は風味を楽しむかのように、鼻元に紅茶を近付けて息を吸い込む。フルーティーな香りが鼻筋を通り抜ける。アップルティーだ。

 コップを口元に運んだ矢先、隣から悲鳴じみた声色が鼓膜を貫いた。


「ちょっと!? これ塩じゃないのッ」


「くすっ、間違えてしまいました。申し訳ありませんこと」


 笑みをこぼした夜雪が、シュガーを入れて口に含む。変わった様子は見られない。どうやら、紅舞に渡されたシュガーだけが偽物らしい。

 

「絶対わざとよねッ。暗翔とあたしが二人きりで話してたからって! 嫉妬深過ぎじゃないかしらっ」


「国歌流すから喧嘩は他所でしてくれ」


 紅舞をなだめることなく、国家を選択した暗翔。すると、女子陣から嘲笑の言葉が届いた。

 夜雪は置いとくとして、全身に怒りが走っている紅舞までもが一瞬にして感情を鎮めるとは。それだけ、可笑おかしなことなのだろうか。


「まさか、本当に歌う気なの? 暗翔ってそんなに真面目系だったかしら」


「紅舞さん、失礼でしてよ。兄様はこう見えても、朝起きて登校するぐらいの真面目さはありますわ」


「それ、人として当たり前じゃないかしら?」


 わざとらしく調子に乗る夜雪に、紅舞が指摘する。楽しげな二人を目にしながら、暗翔は一人国歌を詠唱するのであった……。

 歌い終わったあと、三人で夜風を浴びに行こうという話に纏まった。玄関を出ようとした暗翔だが、デバイスに着信が入ってしまう。

 二人を先に行かせると、自室へ引き返した。戻る際に、夜雪が淹れてくれた紅茶を手にした。ついでに、ミルクとシュガーも掴む。

 

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