四十四話 影が蠢く

「理事長、どう責任を取って貰うつもりだ?」


「……そもそも、黒城暗翔と弥生やよい夜雪の繋がりに関して事前に情報が渡っていなかったヨ。その前提があれば――」


 静謐せいひつな空間に、冷徹と焦るような声色が反響する。まるでギリシャの神殿かと思うような、神秘さが部屋全体を包み込んでいた。

 一つのテーブルを囲む集団一向。【レグルス女学院】――地下の大聖堂にて、彼らは会合を行っていた。

 【実践戦闘ゲーム】を応用し、擬似的な空間を作り上げ、各人が遠隔的で参加を可能にさせていた。


「机上の空論を投げかけたところで、説得力は皆無であろう。だが、大いなる収穫もあったのは事実」


 緑のフードコートを羽織っている男が、荒く鼻息を鳴らした。彼がリーダー格らしく、皆の視線が一点に集まった。


「始祖の能力ギフトの所有者を遂に発見した。見立て通り、やはり黒城暗翔で間違いないだろう」

 

「そうか! これは一大事であるなッ」


「一ヶ月前、能力ギフト発生の震源地に居たこと、そして人殺しの一件。また、夜雪という少女の証言……全てに一致する人物は、黒城暗翔にあり得なかった。理事長室での能力ギフト発動は、初代【ヴラーク】の能力ギフトと一致した」


「理事長であるボクの働きも認めて欲しいですけどネ、コードC」


「貴様の処分は取り置きだ」


「あの能力ギフトさえあれば、我々が目指す世界支配など目の前であろうな。正真正銘、最強最悪の能力ギフトさえ手に入れれば」

 

 コードCと呼ばれた男は、緑のフード端に手を当てる。本題だ、と付け加えた。

 室内の緊張の高まりが、ロウソクの灯火に波動して揺れた。

 

「ランク争奪戦時に行動を起こす。恐らく、奴らもこちらの情報を処分するために動くはずだ。そこを逆に叩く」


「だけど、肝心の能力ギフトを奪い取る方法についてはどうするのサ」


「確かに。通常、能力ギフト所有者の能力ギフトは本人を殺したとしても引き継げんのう」


 しばしの間、談笑声が辺りに咲く。

 どうやって殺害し、能力ギフトを奪うのか。神聖な空間とは場違いな内容が、殺伐と浮かんでいた。

 時期を見計らったかのように、コードCは指を鳴らす。ぐらり、と火元が震える。


「案ずるな。既に考え済みだ」


「まさか、能力ギフトを略奪する能力ギフトでもあるというのかね?」


「そんな能力ギフトが合った場合、今頃その【ヴラーク】は初代【ヴラーク】を超えた殺害兵器じゃないのかナ」


 机に肘を置いたコードCは、全員の顔を一回り見渡す。結論を急がない。余裕でもあるかのような振る舞いだ。

 

「夜雪という少女は黒城暗翔の能力ギフト所有について知らなかった。これはまだいい。初代【ヴラーク】の時代には、能力ギフトを封じ込める代用手段が存在なかった。しかし、現に黒城暗翔は使えるという……答えは一つしかないだろう」


「というと?」


「黒城暗翔は【ヴラーク】を――」


 コードCが、ニッと不気味なほどに唇の端を吊り上げる。

 驚愕の声が、神殿内に響き渡った。


「決戦はランク争奪戦時に。我々が望む世界を手に入れるのだ。そのために――黒城暗翔を抹殺する」



  

■□■□

 



 暗翔が玄関の扉を開けると、無境なく周囲を燃やしている紅舞の姿が目に入った。

 手を掲げると、生成された無数の火の玉が夜雪に向かって飛来。涼しげな顔をしながらかわし続ける夜雪と、自暴自棄気味な紅舞の二人の接戦が、自宅の目の前で繰り広げられていた。


「紅舞、これは一体どうした――あぁ、貧乳いじりでもされたのか?」


「されてないわよ、馬鹿ッ」 

 

 頬を赤らめた紅舞が、暗翔に向かって火球を飛ばして来た。野球ボールのような速度と直線的な曲線で接近した火球だったが、腕の甲であしらわれると、呆気なくアスファルトに打ち消えた。

 【模擬戦闘ゲーム】を使用してないため、このままだと辺りに被害が出てしまう。周辺には、下宿生の家々が存在している。火事を起こしでもしたら、それこそ冗談にならない。


「いい加減辞めろよ。ほら、夜雪からも言ってくれ」


「言ったところで、紅舞さんは聞く耳を持ちませんわ。わたくしが怒らせた原因でして」


「だろうな。それで? 具体的になにをしたんだ?」


「わたくしは紅舞さんに、夜這いの仕方を教えただけなのですが――」


「うるさいッ! 聞いてもないことを勝手に言ってきて……この変態兄弟ッ」


 俺は関係ないだろう、というツッコミは舞い上がる火の粉とともに、風に巻かれてしまう。

 火球が電線に肉薄。瞬間、爆撃音とともに、辺りの電灯から明かりが一切に消えてしまう。

 これ以上は面倒ごとを引き起こすと考えた暗翔は、即座に駆け出していた。紅舞の前に飛び込むと、灼熱の温度で髪の毛が焦げる臭いが鼻に侵入してくる。胸元を掴み手繰り寄せると、小さく呟く。

 

「ごめんな、紅舞。責任は俺が取る」


「えっ……?」


 不意を突かれたかのような声が、紅舞から漏れる。


「に、兄様っ!?」

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