三十二話 姉妹

 生きる理由は、果たしてあるのだろうか。

 一度は考えてみたことがある者も少なくはないだろう。

 だが、結局は答えなど個人それぞれ毎に異なる。

 大切な人を護りたい、家族を養う。

 素晴らしい考えだと思うとともに、別のことを思ってしまう。

 ――ならば、わたくしはなぜ生きている?

 名前、家族構成、出身地、年齢。 

 人間の個を形成する物がなに一つ存在しない。

 情報として持ち合わせていない。知らない。

 ――否、たった一つだけ分かっていることがある。

 わたくしには、妹が居た。

 それもまだ自分よりも二回りは幼い年齢の妹が。

 唯一、生きるという行為を存続させている理由。



■□■□

 実の親から捨てられた、という現実を知覚した時には、街中のゴミを漁る日々が日常となっていた。

 皆は、醜いモノを捉えるような視線を向けて来る。哀れむ瞳も、中には存在したかも知れないが。

 救いの声は、掛けられない。妹の存在だけが、心の支えであった。

 妹とわたくしは、まだ二十歳も過ぎない子供。二人とも女子であったために、不運は降りかかった。

 街をさまよう毎日。

 その日も、路地で妹とともにゴミ箱を漁っていた。数匹の蝿が、耳障りな羽音を鳴らし、同じようにたかっていた。生ゴミが腐敗しているのであろう。

 中身から溢れた汚物に紛れて、比較的小綺麗なパンが一切れ。

 

「ほら、食べるんでして」


「……うんっ」

 

 空腹に耐えかねお腹をさすっている妹の口元に運ぶ。

 二日ぶりの食事ともあって、幸せそうな表情でパンを頬張る妹。無論、自分自身の腹は膨れない。だが、妹の満足げな表情を一目捉えるだけで、高揚感がわたくしを包み込んだ。

 街中から光輝くライトと、賑やかな喧騒けんそうが耳へと響いてくる。

 あの場所へは、行けない。

 同世代の子供も街中で見かけたが、誰もが満面の笑みを浮かべながら親に手を引かれて歩いていた。


「ッ……ぅっ……く」


「お姉……ちゃん?」


 喉からこみ上げてくる嗚咽おえつ。最小限に音を立てないように、口元を手で抑える。ただただ、感情に身を任せるしかない。

 ――なんで、なんで、なんで。

 彼らとわたくしたち。

 一体、なにが違ったのだろうか。

 唇を噛みすぎたのか、血の味が舌に広がっていく。

 突然、煌びやかな街の街灯が消えた。路地の入り口に立っている人影が、光を遮断しているらしい。

 ゆったりとした気配で、こちらに歩み寄って来た。まるで、獲物を狙う肉食動物のように、確実に一歩を踏みしめているようだ。

 妹を背中に付かせると、わたくしは息を呑んだ。

 サラリーマンを装った洋服には似つかない、男性の歪んだ笑み。

 

「おや、迷子かい? 親御さんは居るかな」


「……居ませんわ」


「ふふっ……そうか。とりあえず、夕食でもどうかな? お腹が空いているだろう」


 後ろに一歩下がる。諭すような口調とは対照的に、男性の視線は身体中を舐め回してるよう。

 差し出された腕には応えず、横脇を通ろうとした矢先。腹部に強烈な痛覚が走った。

 男性からの蹴りであることを理解した時には、既に身体が倒れ込んでいた。

 

「お、お姉ちゃんッ……!」

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