四話 初戦闘

 ――【模擬戦闘ゲーム】とは、学園内でのみ使用可能な戦闘。

 ルールはその時々によって、個人間で決め合う。

 基本的に制限がなければ、【ギフト】は使用可能である。

 また、【模擬戦闘ゲーム】時には両者間での死亡を防ぐため、一定以上の怪我を受けた場合、自動的に防御システムを展開。

 その場合は、戦闘不可能という処理で勝敗が決する。

 

「細かなルールはこのくらいですにゃ。あとはまぁ、決闘自体の場所を移す機能もあるけどにゃ……」


「いらねぇよ。今回は【ギフト】も持っていない雑魚が相手だぜ? すぐに終わらせてやる」


「らしいですよ、先生。あと、これはなんですか?」


 デバイス上に表示された画面をタップしながら暗翔は呟く。

 

「それは両者間で決める賭け金のことですにゃね。別に全く賭けない【模擬戦闘ゲーム】もできますにゃ」


「それじゃあ面白くねぇぜ。いっそのことだから、学園から支給されるお金の一ヶ月分を賭けようぜ?」


「あぁ、それは丁度良かった。俺の部屋の電球が付かなくて、困っていたところなんだ。助かるな」


「ははっ、言ってろガキ」

 

 グキッ、と手首を捻りながら骨の音を鳴らすボス。

 挑発し合いながらも、着々と【模擬戦闘ゲーム】の準備が整っていく。

 すると、画面上にルール説明と概要が送られてきた。

 ――【模擬戦闘ゲーム

 賭け金は支給額の一ヶ月分。

 【ギフト】の使用は可能。

 どちらかが、降参または防御システムの起動により勝敗が決定する。

 

「こっちは三人で戦うが、喧嘩をふっかけて来たのはそっちだぜぇ。文句は言うなよ?」


 ボスの両後ろに、二人組の子分が現れる。

 いい機会だ。

 この学園の生徒たちの実力が測れる。

 クラスメイトや先生までもが暗翔含む四人かれ距離を置き、その様子を見守る形を取った。

 

「三人分の支給額がもらえるんだ。多い方が俺的にもありがたい」


 承諾の表示をタップすると同時に、カウントダウンが開始。

 身構える暗翔とは対照的に、三人は棒立ちのまま。

 ゼロ、と表示が出現した次の瞬間。

 眼前にボスの残像を捉える。

 

「はっ、余裕な言動は態度だけかよッ!」

 

 握りしめられた拳が、鍛え抜かれた腕の筋肉に乗せられながら出される。

 暗翔が反応するその一手先を仕掛けた一撃。

 だが、勝ち誇ったような表情を浮かべたボスの顔色は一瞬で困惑した様子に染め変わる。


「意外と危なかったな」


 なんの焦り色も含まない声。

 迫るボスの拳に、暗翔は半身をそらし回避したのだ。

 次いで、二ステップ背後に下がり、間合いを取る。


「ッ……最初は手加減してやったんだせぇ。次は避けられねぇぞ」


「それは是非とも楽しみだな。先程の攻撃が実力だと、つまらなすぎて俺が困る」


「……ッ、【ギフト】無しの暗翔君が、一撃を流したとは驚きですにゃ」


 離れた場所から、興味深そうな瞳を向ける先生。

 相手は、ボスを中心として二人がそれぞれ暗翔を囲むような体勢である。

 誰から倒すか。

 三人を前に思考していると、子分の二人組が息を合わせ飛びかかって来た。

 両方が握っているのは、小型のナイフ。

 

「それが【ギフト】の力なのか?」


 正面から振り下ろされた刃を、横からはたき落とし。

 不意を突いたように襲って来た背後からの攻撃は、軽く真横に一歩身体を引く。

 すると、虚空を切り裂きそのまま姿勢を崩した相手。

 床に落下したナイフを手に取りながら、暗翔は脳天にかかと落としを喰らわせる。

 

「……っ、ぐはっ……」


「こ、この……ッ!」


 もう一方の子分が顔を赤く染め、地を蹴り飛ばしナイフを持った身ごと暗翔に肉薄。

 すっ、と姿勢を低くすると頭上を刃が空振る。

 丸見えの腹元に向けて放った暗翔の拳は、ボキッと骨の折れる音とともに内部までめり込む感触が伝わってきた。

 腕を引き抜くと、子分は力を失ったかのように倒れ伏せる。


「にゃッ……いくら【ギフト】が無いからと言って、あの威力はなんなんだにゃ!?」


「ッ……やってくれるじゃねぇか、ガキ。少しはお前を甘く見ていたようだぜぇ」


「素直に褒め言葉として受け取っておこうか」


 緊張で張り詰めていた空気感が、さらに重りを持つ。

 二人が対峙たいじする間は三人分。

 どちらかが一歩踏み出せば、攻撃が届く感覚である。

 開始直後は油断の様子をにじませていたボスも、子分二人があっさりと倒されたからか、すぐさま戦闘態勢には入らない。


「……俺たちの【ギフト】は筋力の強化。それなのに、互角以上に戦えているとは驚いたぜぇ」


「なるほど、だから接近戦ばかり仕掛けていたのか」


 目を離すことなく、ジリジリと間合いを詰めていく両者。

 すると、目の前の相手は腰をかがめ、地を蹴り飛ばすと暗翔に向かって特攻する。

 先に動いたのは、ボスの方だった。

 筋肉はなにも腕だけではなく、脚などの全身に付いているため、近接戦での破壊力は桁違い。

 その全てが強化されているのならば、たった一撃喰らうだけで防具のない暗翔の身体は吹き飛ぶだろう。


「受け止めてみろや、ガキッ!」


 二歩踏み込んだボスが、空気を裂き周囲に激しく吹き荒れる風が現れるほどの速度で片腕を放つ。

 売られた挑発は、買わなければな。

 ふっ、と不敵な笑みを口元に浮かべた暗翔は、左手をこちらに向かってくる拳を受け止めるようにして広げる。

 

「ッ……なっ、!」


「にゃにゃ!?」

 

 驚愕きょうがくに満ちたような声色が上がると同時に、辺りに強風が舞う。

 教室内のカーテンは踊り狂い、バキバキっと破壊されていく椅子や机。

 二人を中心として巻き起こった嵐は、すぐに終始符が打たれた。

 

「中々に重みのある一撃だったな」


「ッチ、口だけかと思ったら強さまで揃えているガキとはなぁ。流石に、俺たちの負けだぜぇ」

 

 吐き捨てられた言葉。 

 暗翔の繰り出した手のひらには、白い煙を上げながらしっかりと握りしめられた拳が、捕らえられていた。

 

『片方の降伏宣言により、【模擬戦闘ゲーム】終了。勝者――黒城暗翔」

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