五話 人殺し

 木の床は至るところに傷がうかがい、紙くずや突風で破壊された室内の一部が散乱している教室。

 

「まったく……誰がこんなに散らかしたんだかな」


「大体の原因は暗翔君にあると思うですにゃよッ!」


 勢いあるツッコミに、暗翔は肩をすくめるしかない。

 はぁ、と先生は嫌味っぽくため息を吐くとともに、指示を出した。


「しばらくの間は別の教室に場所を移すしかないですにゃね。窓ガラスの破片などがあるので、皆さんはあまり動き回らないように――」


「さっきは悪かったぜぇ」


 隣で話している先生の声を遮るかのようにして、先程の三人組が近付いて来た。

 最初教室内に入ってきた時とは違い、その態度や視線に敵意は含んでいなそうだ。

 暗翔が顔を向けると、ボスらしき生徒が一歩前に。


「いや、こっちも挑発したのがことの発端だ。気にしないでくれ」


「それはありがたいぜ。それで……」


 ためらいがちに、言葉を留まらせるボス。

 目線をたどると、暗翔の左手に注目している。

 あぁ、攻撃を受け止めたことか。

  

「筋肉を強化する【ギフト】だったな。久々に手応えのある一撃を食らったぞ」


「褒めてくれるのはありがたいんだが……その、ガキ――いや暗翔。お前本当に人間か……?」


「失礼だな、どこからどう見てもイケメン高身長なモテ男だろ?」


 はぐらかすように、暗翔は笑みを浮かべる。

 けれど、目をひそめたボスは納得のいかない様子。

 次いで、なにかを発しようとしたその矢先に授業の終わりを知らせる鐘が鳴った。


「あ……しまったぜぇ」


「どうした?」


「俺たち実は、遊びに来ていただけでこのクラスじゃないんだぜ」


 まずい、といった表情を作り上げた三人組。

 

「それなら、また今度校舎で会った時は宜しくな」


「次は、二ヶ月分の支給額を賭けて戦ってやるぜぇ」


 言いながら、三人は暗翔に一度視線を合わせ、廊下に足を動かした。

 背中が視界から消えるまで見送った後、顎に手を当て、一人で軽く思考を巡らす。

 思った以上の収穫だったな。

 恐らく三人組の戦闘力はさほど高くはないにしろ、【ギフト】を絡ませることでより限界を超えた能力を引き出していた。

 油断禁物とまではいかないが、これから先に学園内の生徒たちと戦う場合には注意が必要だろう。

 自らの内心で結論付けると、暗翔は意識を現実へと戻した。

 

「……」


 教室内を目だけで一周。

 とある所で、視線が注視する。

 自己紹介をしている際に、目に止まった少女。

 彼女の周囲には誰もクラスメイトがおらず、慌ただしい空間の中で唯一ゆいいつ目立つ存在。

 そうだ。確か、あの少女は――。




■□■□




 静かな空間内には、ペンと紙がこすれ合う音だけが響く。

 黒板に書かれていく文字を手元のノートに写す作業は、地味ながら大変である。

 特に、首や肩などの普段から使う箇所に負担が掛かり、時計の針が進むごとにつれて辛くなっていく。

 

「ふー、やっと午前授業は終わりか」


 ゴキゴキ、と腕を回す度に気持ちの良い音が鳴る。

 周囲に軽く視線をやると、持ち込んできたランチマットを机に広げる者から、教室を出てどこかへ向かう生徒たちの二手に別れていた。

 

「そうか……昼食の存在をすっかり忘れていたな」


 今日は朝から電球の件で頭が一杯だった。

 デバイスで検索をかけると、学園内の食堂を含めいくつかの飲食店が表示される。

 ボスたちとの戦闘で獲得した賞金は、既に受け取り済み。

 さて、と暗翔が席を立った矢先、二名のクラスメイトがこちらに向かって来た。

 手には弁当箱をぶら下げている。


「あ、あのっ。暗翔、君……だっけ?」


「そうだが……どうした?」


 視線を下に落としながら話しかけてきた少女。

 すると、別の青年が言葉を紡ぐ。


「こうして折角クラスメイトになったことだし、一緒に昼ごはんでもって思ったんだよ」


「で、できれば……暗翔君とお話してみたいなって」


 不安そうな瞳を宿しながら、ぎゅっとスカートの端を握りしめる少女に、暗翔は苦笑いするしかなかった。

 最初の顔合わせで、少し怖いような印象を与えてしまったのかもしれない。

 事実、こうしてクラスメイトと言葉を交わたのも昼食時になってからだ。

 

「うん、俺で良ければ全然いいよ。というよりも、これまで誰にも話しかけられなかったこと事態寂しかったしな。逆に嬉しいよ」


 柔らかな口調で、相手の警戒をほぐす。

 すると、目の前に立っていたクラスメイト二人は、途端に強張っていた表情からほっとした顔に変化。


「ほっ、ほんと……?」


「よしよし、そうと決まれば――って、暗翔昼ごはんは?」


 あぁ、と素直に忘れたことを伝える。

 二人は顔を見合わせると、空いていた隣の席へと腰を下ろした。

 弁当箱を広げ、「はい」と少女が明るく言う。


「遠慮しないで食べて欲しいな。その、暗翔君が好みの味かは分からないけど……」


「こっちのもいいよ。暗翔の歓迎祝杯会ってことで!」


 差し向けられた料理に、感謝を述べサンドイッチをひとつまみ。

 これがもしや、友達ってものなのか?

 の感覚に心を弾ませる暗翔。

 そうして、お腹が膨らむ程度に食欲を満たした後に、再び教室内を見回す。


「どうしたの、暗翔君?」


 食事中に雑談を挟んだことで、緊張の声色は外れた少女。


「いや、朝から気になる子が一人居てな……」


「そういえば、暗翔は自己紹介で可愛い子がたくさんとか言ってたね……って、早くも狙いを」


「その逆だ。狙いを定めるために見て回っているんだ」


 軽く応じながら、教室の端から視線を巡回させていく。

 ……いた。

 クラス内は、昼食を取り終えたためか、複数人で会話をしている者ばかり。

 しかし、そんな中でもやはり誰とも話していない――否、誰も近寄ろうとしない少女が目に映る。

 暗翔の視線先を追ったのか、二人は気まずそうな顔色を浮かべた。

 この際だ、少し探ってみるか。


「なんであの子だけ、ずっと一人で過ごしているんだ?」


「それは……その、ええっと……」


 あきらかに動揺している。

 たった一人の少女に対しての質問で、この様子はおかしい。

 そんな暗翔の思考を読み取ったのかは不明だが、青年は顔をこちらに近づけて小声で話した。


「あいつは……最低なんだよ」

 

「最低?」


「……」


 少しの間。

 そして、少女が答えた。


「暗翔君、あの子はね……人殺し……なんだよ」

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