三話 自己紹介

 教員は数百はある紫色の石を、戸棚から一つ取り出して暗翔に差し向けた。


「これは……?」


「一言で表すならば、【ギフト】の力を得られる石ですにゃ。これをこうやって――」


 右手の拳中に石を握りしめた教員は、そのまま力を入れた。

 すると、まるでガラスが破れるかのような音色が鼓膜に伝わる。


「そんな貴重な石を破壊して良いんですか……? あぁ、それとも日頃のストレス発散を?」


「教員職は、毎日毎日上司からケチを言われるのが本当に……じゃなくてっ!」


 はっ、と口を手で隠す教員。

 次いで、力強く握っていた右手を開く。

 ん……?

 暗翔が眉根をひそめる。

 なぜなら、そこには先程潰したはずの石片が一粒も見当たらない。


「この石に宿された【ギフト】が、体内に吸収された証拠ですにゃ」


「なるほど……」


「今からこの学園に所属する君には、この【ギフト】の力を受け取る権利があるにゃ。さぁ、選んでにゃよ」


 教員の両腕が、ぱっと左右に伸ばされる。

 選んでくれって言われてもな……。

 辺り一面に置いてあるものは、全て同じ石。

 やれやれ、と呟いた暗翔は戸棚から一つ取り、手のひらに乗せた。


「どれも同じようなものだろ」


 指先を折り曲げ、腕の筋肉に力を込める。

 

「どんな【ギフト】が眠っているのか、期待ですにゃ」


「どちらかと言えば、俺は【ギフト】を使わない方針で行く予定なんですけどね……」


「ならば、君は一体どうやって【ヴラーク】を倒す気なんですにゃ……?」


 教員の呆れたような口調。

 暗翔はその言葉に沈黙で返し、再び力を入れる。

 すると、いとも簡単に割れた音が響く。

 

「……あれ?」


「どうしたんですにゃ?」


 隣から向けられた疑問の視線。

 暗翔は目を細めると、握っていた手のひらを開く。

 

「……にゃ?」

 

 教員が凝視する先。

 指の間から、鈍い音を立てながら床に紫色の破片が落ちた。

 

 


 

■□■□




 カツカツ、と二つの足音が校舎内に響く。

 正面を歩く教員は、そっと絞りだしたように声を掛けてくる。


「その……先程のことは気にしないでにゃ。たまにあることだから、にゃよ」


 まさしく言葉を選んでいると言った感じが伝わる。

 教員は暗翔が内心落胆しているのだろう、と思っているのだろう。

 しかし、当の本人は特段気にする様子もなく校舎内に視線を移している。

 しばらくすると、先導していた教員の足音が止まった。


「ここは……?」


「【ギフト】を受けとれなかったからと言って、この学園の生徒には違いないですにゃ。今日から君は、私が持つクラスの一生徒ですにゃ!」

 

 ガラガラ、とスライドさせた扉から中へと入っていく教員に続くようにして、暗翔もあとを追う。

 黒板前までついて来させられると、無数の視線が向けられているのを感じた。

 『黒城暗翔』

 白チョークで名前を乱雑に書き終えた教員が口を開く。


「今日から皆さんの新たな仲間に加わることになった子にゃ。ほら、自己紹介を」


「えっと……暗翔言いま――」


 発していた言葉を一度止めた暗翔。

 急なことに、クラス内が若干ざわつく。

 あれは……なるほど。

 内心で驚きと納得の感情が同時に現れた。

 次いで、誰も気が付かないうちに視線を元に戻し、再び自己紹介を続ける。


「あぁ、すまない。このクラスにいる女の子は全員可愛い子ばかりだって思って」


「……暗翔君?」


 背筋が一瞬冷たくなるような声色を近くから感じたのは、気のせいだろうか。


「『黒城暗翔』が俺の名前だ。昨日この人工島に来たばかりで、分からないことが沢山あるから、またみんな教えて欲しい」


 あと、と付け加えるようにして一言。


「何か文句があるのならば、今ここで言えば良いんじゃないか?」


「……ぁ?」


「ちょ、暗翔君にゃ!?」


 暗翔が指を向けた先は、教室の一番奥側。

 いかにもガラの悪そうな三人組生徒が、自己紹介の時からずっとにらみつけて来ていたのだ。

 席を立ち上がったボスらしき人物は、目の前の机にへこませるほどの蹴りを加え。

 額にシワを作りながら黒板まで歩み寄る。


 教員――先生が慌てた様子で暗翔とボスらしき二人の前に割って入った。


「……おい、先生? そこどけや。調子に乗っているガキを黙らせてやる」


「暴力はダメだって、知っているですにゃ?」


 ッチ、とわざと聞こえる音量でボスが舌打ち。

 次いで、ニヤリといやらしい表情を作り上げたと思いきや、ポケットからデバイスを取り出す。


「ならば、この学園らしく【模擬戦闘ゲーム】と行こうぜぇ?」


「【模擬戦闘ゲーム】?」


 聴き慣れない言葉に、暗翔は先生に目を向ける。

 

「……学園内での決闘のことにゃ。簡単に説明すると、学園側から認められた正式な喧嘩ってところですかにゃ」


「ふん、【ギフト】を使用した殺し合いができるんだぜ? どうよ、腰抜かしたかガキ」


 ヒヒヒッ、と背後から取り巻き二人組の笑い声が上がる。

 対して、暗翔はデバイスを片手に持ち操作をしていく。


「なら、その仕方とルールを説明してくれ。俺の時間はブサイクな男たちに割けるほど余っていないんだ」


「……ッ、いいぜぇ。言ってくれるじゃねぇか」


 おい、とボスは先生に向かって声を掛ける。

 

「分かったですにゃよ……はぁ。でも、暗翔君は【ギフト】を所持していないんですにゃ。それで戦えるのですかにゃ?」


「問題ないですよ」


「【ギフト】を持っていないだと? はっ、ガキだけに威勢がいいなぁおぃっ! 選ばれた俺たちと違って、お前はただの雑魚ってことを身をもって教えてやるぜぇ」

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