二話 到着

 ゆらゆら、と頭が揺れ動く。

 約二時間も海の波に晒されたため、正直気分は悪い。

 しかし、これは仕事だ。

 そう文句は言ってられない。

 ふー、と一息吐く。


「ここが目的地、か」


 地上に足を着けてから、そのまま道を進むこと五分。

 巨大な正門の前で歩みを止め、辺りに視線を巡らした。

 人工芝生が地面を彩り、中世ヨーロッパのような街並み。

 レンガ作りの壁に、いくつもの通路が複雑に入り組んだ一つの建物が中央に置かれている。

 

「この土地全てが学校の校舎だって話だが……いくらなんでも大きすぎるだろ、これ」


 バサバサ、と驚きを隠すかのように頭を掻く。

 しばらく周囲を見渡していると、正面から一人の女性が声を掛けてきた。


「あの、どうかしましたか?」

 

「あー、いや……」


 あまりにも見過ぎたか?

 首を傾げた女性は、こちらの反応を伺うような視線を送ってくる。

 

「もしかして、新入生さんですか?」


 こくり、とうなずく。

 すると、目の前の女性は小さく「なるほど」と呟く。

 

「実は、どこに行けば良いのか迷っていましてね」


「ならば私が案内しましょうか?」


 久しぶりの幸先さいさき不安だったが、どうやら不要な心配だったな。

 女性の提案を肯定するように、首を振ると、先導する背中に続いてた。



■□■□




「……ふむふむ、君がその新入生ですかにゃ」


 数枚の紙をぱらぱらとめくりながら、女性の教員らしき人物が確認事項を読み上げていく。

 丸くかがめられた背筋に、背丈が低く子供のようなスタイル。

 胸らしき膨らみは惜しくもなく、本当に大人なのかが疑問である。


「その通りですよ。迷子の新入生です」


「まぁまぁ、そう不機嫌にならないで下さいにゃ。ここの学園は特殊な配列をしてるから、仕方ないですにゃ」


 苦笑いを浮かべた教員。

 ちなみに、ここまでたどり着くまでに三十分は掛かっている。

 もしも、あの女性が案内してくれなければ、今頃とっくに日が沈んでいただろう。


「それで、君の名前は……ええっと」


「【黒城くろしろ 暗翔くらと】ですよ」


「あぁ、黒城君かにゃ。ごめんごめんにゃ」


「それで、俺はこれからどうすれば良いんですか? 早く可愛い女の子を品定めしに行きたいんですが……」

 

 暗翔は、冗談ぽく急かすように、そして本音を混ぜて言葉を発する。

 あはは、と笑いながら素早く紙に目を通していく教員。

 作業が終わると、腕時計に目をやり「あっ」とした様子の表情を作った。


「ごめんにゃ……この後、少し大事な用事が入り込んでいたのを忘れていたにゃ」


「……」


「そ、そう怖い目つきでこちらを見ないで下さいにゃ。分かった、分かった。これはお詫びとしてあげますにゃ」


 言うと、教員は片手サイズのデバイスを渡してきた。

 受け取った暗翔が電源を入れると、数個のアプリが画面上に表示。

 

「これは……?」


「学園で生活必需品になるものですにゃ。本当は、まだ全ての確認を終えていない君に渡すのは禁止なんにゃんだけど……」


 ニッ、と口元を上げ悪そうな顔を作った教員。

 

「意外とこの学園の教員方は、話が分かるみたいですね」


「無論、誰にも言うんじゃないんですにゃよ? バレたら、私が怒られるからにゃ?」


「……ふっ」


「本当にダメですからにゃ!? なに、今の間は!」


「しません、しませんよ。そもそも、誰に言いふらせば良いか分かりませんし」


「いや、既に言おうとする気満々にゃ!?」


 結局この後、暗翔が教員をなだめるのに数十分は使ったのだった。

 あれ、そういえば時間がどうのこうのって言ってた気がするが……まぁ、いいか。

 


■□■□




 画面上にアップされた地図に従って、目的地まで無事に着いた暗翔。

 デバイスの電源を一度落とし、建物内へと足を進める。

 木造りの廊下に、均等に配列された扉。

 途中、数人の生徒たちとすれ違いながらも、とある部屋の前まで歩いて行った。

 

「確か……このデバイスで部屋の鍵を開け閉めできるってあの教員は言ってたっけな」


 半信ながらデバイスを握りしめた腕を扉に近付ける。

 ピロンッ、とした機械音。

 中へと足を踏み入れると、質素な部屋並みが視界に現れた。


「ベッドにキッチン……トイレ、風呂も全て揃っているのか」


 玄関から前に進めると、キッチンとリビングが同じ空間に置かれていた。

 しかし、全体の雰囲気としては質素である。

 テーブルや椅子などの家具は見当たらず、壁には音を刻む時計のみ。

 カーテンを開けると、校庭の芝生で雑談に花を咲かせている人々の姿が視認できる。


「支給された一人暮らし用の部屋にしては、それなりに手厚く用意されているんだな」


 ――人工島。

 陸地から離れて作られた、開発島。

 様々な国家や投資家たちによって計画的な開発が進められた島である。

 なぜ、わざわざ船で二時間の距離まで空いているかと言われると……それは数年前のとある事件が原因。


「組織から事前に渡された資料には、こう書いてあった気がするが……続きは忘れたな」


 今日は慣れないことの連続で心身ともに疲労している。

 勢いよくベッドに身体を倒すと、全身の力を抜きすぐに瞳を閉じた。




■□■□




「本当に、どういうことなんだよ……はぁ」


 不規則な方向に飛んでいる髪の毛をバサバサッ、と手でほぐしながら教員の居る場所まで身体を進めていく。

 周囲から感じる視線をわざと無視しながら、暗翔は重くため息をついた。


「尿意で起きた夜中に、電球が付かないなんて思いもしなかった」


 デバイスの光を頼りになんとか済ませられたが、結構ギリギリだったぞ。

 今日明日で電球の買い出しをしなければ。

 電気がない生活は、不便過ぎる。


「おはよう、黒城君……って、今日はまたやけに不機嫌そうですにゃ」


「部屋の光源が切れていたんですよ。おかげで、十七歳になってまでお漏らしするところでした」


 肩をすくめながら、軽い挨拶を交わす。

 待ち合わせた場所は、影が多くかぶる校舎の一角。

 少しの雑談を終え、ゴホンッと教員は咳払いをした。


「さて、黒城君。一つ問題を出すですにゃ。この学園はなぜ、立地環境が決してよくない人工島に作られたのか、知っているですかにゃ?」


「いや、分かりません」


「即答……まぁ良いですにゃ。今日はその答えが分かる日でもあり、そして君の人生を変える日でもあるのですにゃよ」


 言いながら教員はとある部屋の鍵を解除し、中へと手招きをこちらに向けてくる。

 

「未知なる敵――【ヴラーク】。奴らに対抗するために、この学園は創設されたのですにゃ」


 身体ごと空間内に入り込ませると、ずらっと並べられた紫色の石たちが一斉に暗翔を出迎えた。

 首を左右に巡らせていると、教員は笑みを浮かべながら言葉を発する。


「そして、彼らにあらがうための力――【ギフト】を所持して戦う者を増やすことが、この学園の役割なんですにゃよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る