十五話 狂気

 即席で作り上げた炎の盾で、威力減衰を図るも意味はなく。

 たちまち敵の攻撃が破り、紅舞は三つの追撃を全て身に受ける。

 バキッ、と人体の内側から破裂する音。

 血生臭い液体が、手足から流れ落ちていく。


「っ……」


 なにかが、頬を滴る。

 気付いた時には、それが涙だと分かった。

 半分しか捉えられない視界に映ったのは、三人が歩み寄る姿。

 あぁ、あたしは負けるのか。

 なにも、この学園に入っては達成できなかった。

 悔しい……。

 『人殺し』って、なぜか呼ばれたあの日から、全ては始まり。

 真実を話しても、なお誰もあたしを信じてはくれなかった。


「これで、終わりだぜぇッ!」


 目に入り込んだのは、振り上げられた腕。

 紅舞は目を閉じ、ただ次に来る衝撃に身を任せた。

 ……?

 しかし、いつまで経っても痛みは感じない。

 恐る恐る視界を広げていくと――とある背中が、映り込んだ。


「ま、ここらが潮時だな」


「っ……くら、と……」


「お目覚めか、お姫様?」


 軽い口を叩く暗翔だが。

 紅舞が上に目を上げていくと、片手で拳を受け止めていることが判明する。


「ッチ……今だ、こいつは動けねぇぞッ!」


「了解です〜」


「はいはい。これで終わりっつーか。まじ弱すぎるんですけどー」


 目の前から消えた少女の不可視攻撃に。

 宙を駆け巡り、確実に狙いを定めた電撃を。

 暗翔は、不敵な笑みを浮かべながら無駄だと言わんばかりに、もう一方の腕で払い除けた。


「人が会話していれ最中は、攻撃を仕掛けない。これ、基本だろ?」


「なっ……」


 絶句する紅舞。

 自身が防ぎ切れなかった攻撃を、一つの動作で無力化してみせた。

 圧倒的な実力に、顔をひきつらせるしかない。


「なぁ、紅舞は全力を出していないよな?」


「っ……」


 言葉に反応したように、動く両肩。


「紅舞の【ギフト】は使いようによっては化ける。にも関わらず、この悲惨な状況はなんだ――いいや、分かりきっている結果だが」


 なにを暗翔は、否。

 彼は言っているのか。 

 続いて、声が鳴る。


「『人殺し』だろ? 誰か、再び傷付けるかもしれない。そんな怖さが【ギフト】、紅舞自身の力を制限してい――」


「隙ありだぜぇッ、【ギフト】無しの雑魚がぁ!」


 暗翔の言葉が途切れるより前に。

 握られた拳を軸に、反動でしなり男の打った脚。

 だが、暗翔は。


「忠告を聞かないなら、容赦する必要はないよな?」


 空気が断裂する音。

 男の蹴りに合わせて、放った暗翔の拳は腹部を強打し。

 身体を曲げ、一瞬で前方の壁へと飛ばす。


『――防御システム発動。よって、一名を脱落とします』


 デバイスから伝わる音声。

 男に注目すると、既に全身から溢れんばかりの出血が確認できる。


「次はこれ以上の攻撃を喰らわせてやるからな?」


 暗翔の言葉に青ざめる敵二人。

 自ら襲いかかろうとはせず、ただ立っているだけ。

 耳元に顔を近づけた暗翔が、ささやいた。


「大丈夫だ。紅舞が再び同じ過ちを犯そうとすれば、俺が止めてやる。だから――全力を尽くしてみろ」


「ッ……」


 力強い言葉。

 なぜだかは自身でも分からない。

 しかし、既に紅舞は自然と口を開いていた。

 誰でもない、己を信じてくれた少年に向けて。


「……えぇ、分かったわ」


 息を吐き、暗翔の差し伸べられた手に支えられながら立ち上がる。

 あたしを唯一認めてくれた人物。

 そして、暴走すれば止めてやるとも言った。

 ならば、あたしは――。

 右目にを宿すと、制限していた力の全て解放した。




■□■□




「はぁぁぁぁっっっ!!」


 一瞬で会場は、灼熱の炎に支配されていた。

 

「行きます〜っ!」


「まじ受けないですけどッ!」


 身体が透明に染められた少女の【ギフト】。

 また、ギャルから放たれる激しい電撃の数々を。

 紅舞は回避、防ぎ、受け止めながら。

 反撃と言わんばかりに、炎から生まれた数匹のちょうを羽ばたかせ。

 一匹一匹が、特攻兵のように近付けば爆発するの繰り返し。

 絶え間なく響き渡るのは、雷鳴のように鼓膜を破壊する轟音。


「っ……まだ、です〜っ」


「『生命焔典フレイム・エイター』ッ!」


 視界には捉えられないが、気配は感じる。

 紅舞は炎の剣を消失させると、身丈の数倍巨大な大剣を作り上げ。

 正面に向かって、なぎ払う。


「ぐッ……ぁ……っっがぁ……」


「この……許さないつーかッ!」


 断絶音とともに、少女を打ち倒す。

 しかし、紅舞の攻撃後を狙って、ギャルは身体を滑り込ませ肉薄。 

 ゼロ距離から放たれた電撃は、粒子を乱し光が何度も点滅する。

 

「読んでいるわよッ」


 ギャルの腕が紅舞の身体を捕らえ、直接皮膚へ電流を与えた。

 意識が激しく振動する中で、紅舞は手を虚空に向かって突き出し。

 顕現した、たった一本の槍は、炎で覆われながら、まるで吸い込まれるかのようにギャルの背中を貫いた。




■□■□




 ゲーム終了の合図が鳴り響く。

 すると、会場の叫び声は雄叫びかのように鼓膜を激しく揺らした。

 よくやってくれたな。 

 暗翔は内心で笑いながら、称賛の拍手を紅舞に鳴らす。

 この【模擬戦闘ゲーム】では、一切俺は参加しなかった。

 なぜなら、紅舞が勝たなければ意味がないからである。

 俺一人なら、一分も掛からなかったであろうが、それでは本来の目的が失われる。

 違うのだ。

 紅舞が勝ち取り、初めて説得の機会が得られる。

 俺一人で勝ってしまえば、説得の機会も紅舞がタダ当然で取ったこととなり、少なからず批判が湧き上がるだろう。

 

「ここからが本番だぞ、紅舞」


「……偉そうに言って。なにもしなかったじゃないの?」


「おいおい、俺もここから――」


 刹那、暗翔は心臓にナイフが突き刺さったような殺意を感じとる。

 そう思った瞬間には、手足が動いていた。

 

「ッ……ひっ!」


「なにをしている?」


 手首を捻ると、放たれた電撃は暗翔の髪の毛をかすめ、天井に穿うがたれた。

 方向を失う前だったならば、確実に紅舞の背中を撃ち抜いている。

 しかし、一秒にも満たない動作で暗翔が処理したため、観客を含む誰もこのことには気付かなかった。

 

「もう一度だけ問う。なにをしている?」


 声をひそめ、だけれど、死をも覚悟してしまうような殺気を言葉に込めて。

 

「あ、ぁ……ぁぁぁ」


 すると、ギャルは壊れた楽器のようにおかしな言動を口にするのみ。

 それどころか、瞳は回り狂い、どこを捉えているか分からない。


の分野は、俺が相手になってやるぞ?」


「ッ……ぁ、が、。な、ッ。化けッ、も……っ」


「命が惜しいなら、二度と同じ真似を行うな」


 最後に、と暗翔はそそのかすように。


「学園の生徒数はなにせ多い。誰か一人行方不明になったって、気にする者は皆無だ」


 それだけで、目の前のギャルは足腰に力が入らなくなったのか、ぐたっと床に倒れ込み。

 意識が刈り取られた。

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