十六話 和解

 突然倒れたギャルが、医療室へと運ばれたのちに。

 観客席が取り囲んでいるのは、五人の生徒たち。

 

「気を取り直して、説得の機会をくれるよな?」


「……負けたのは俺たちだぜぇ。好きにしな」


「でも〜、そう簡単には許すことはできないです〜」


 二人の言葉から、やはりことの難しさが感じられる。 

 紅舞は果たしてそれを理解しているのだろうか。

 どう出るのか、暗翔は様子を伺うことにする。


「……まず、前にも言った通り。あたしは貴方たちの仲間を傷付けたつもりはないの。でも、なぜか気が付いたときには、全てが行われていた」


「言い訳じゃないですか〜」


「えぇ、こんな話を都合よく受け止められるとは思っていないわ。でも、これだけは言わせて――」


 紅舞は不自然に言葉を止めると、二人に向き合う。

 腰を曲げて頭を下げ、心からびるように絞り出された声。


「ごめんなさい。どれだけ言っても、あたしが『人殺し』をした事実には変わりないわ」


「っ……」


 いじめっ子二人は、紅舞の行動が思いもしなかったのか、息を飲む。

 暗翔が捉えるに、動揺の色が現れていた。


「……で、でも。それで、俺たちの仲間が戦線復帰できないことには変わりねぇ」


「ごめんなさい……」


「虫が良すぎるですよ〜」


 暗翔が紅舞の腕に視線を動かすと、拳を握りしめながら震えている。

 ただ謝るだけ。

 それが、紅舞の計画だったのか。

 正直に言って、期待外れだ。

 しかし、自らが自覚すらしていない過ちに対して、謝罪するという行為自体には称賛を送るべきだろう。

 手で紅舞がなにか言葉を口にするのを制した暗翔は。

 デバイスを取り出して、一つ電話を掛けた。

 待っていろ、とだけ指示を出すこと数分。

 は現れた。


「なっ……お、おまえっ」


「なんでここにいるんです〜。絶対安静のはずではないのですか〜?」


「あなたまさかっ……!」


 二人に加えて、紅舞までもが目を見開きながら競技場の端へと視線を注ぐ。

 暗翔が目で追うと、片脚が包帯で巻かれた男性の姿が確認できる。

 ふっ、と笑い説明した。


「ほら、お前たちのお仲間さんだろ?」




■□■□

 



「ありがとう……だぜぇ」


「感謝です〜」


 全ての事情を話し終えると、二人は先程の態度が冗談だったかのように手のひら返し。

 ――ことを一言で表すならば、をした。

 紅舞のいじめが発覚した晩に、早速組織へと声を掛け、大陸で入院していたいじめっ子の仲間を特定。

 続いて、とある取引をして、治療不可能だった身体を完全に回復させ。

 こうして、最後の幕引き役として登場させたわけである。


「……暗翔が一枚噛んだってことね」


「可愛い女の子には目がないんだよ」


「あの人は男性よ? まさか……そっちの趣味が」


「いけない口ではないが、ここで言う可愛い女の子は紅舞だぞ?」


 一瞬で、耳まで赤く変化した紅舞だが、ぶんぶんと首を振り視線を向けてくる。

 暗翔を捉えた、くるりとした瞳は。

 どこまでも冷静で、そして真剣さが垣間かいまみれる。


「……ありが、とぅ」


 声を拾えるかどうか分からないほどの大きさのつぶやき。

 目線を逸らした紅舞に、暗翔は朱色の髪に腕を伸ばし。

 手ぐしで、すーっと通していく。


「デートの約束頼むぞ? それと――」


 言いながら、いじめっ子の方へと声を掛けた。


「これで両者ともに、わだかまりは解けたよな?」


 肯定するように、四人の首が縦に動く。

 暗翔が視線を横にやると、満面の笑みを浮かべた紅舞の姿が。

 やっぱり、うつむいている時よりも、笑顔を宿した方が紅舞らしい。 

 そして、暗翔が次の言葉を発しようとした寸前で。

 観客席を含む、その場に居た全員が、耳元を覆った。

 ――突如として、スピーカーから流された馬鹿とも呼べる音量によって。


『警告、警告。人工島内に【ヴラーク】の出現を予測しました。推定レベルはニ。対象未満のランク生徒は、避難を。それ以外の生徒は、速やかに迎撃体制を整えて下さい。繰り返します――』

 

 


■□■□




 対象ランク?

 それに、前にも聞いたが推定レベルってなんだ?

 暗翔の疑問が浮かぶのと同時、建物内にはざわめきが広がりつつあった。

 しかし、それは一瞬にして終わる。 

  

「静まるですにゃっ」


 【ギフト】を顕現させた猫先生。

 誰もが息をひそめる中、続けて話した。


「指示は聞いたですにゃね? ランクニ未満の生徒は全員避難、逆に以上の生徒は戦闘準備ですにゃ!」


「なぁ、紅舞。対象ランクってなんだ?」


 次々と指揮を取っていく猫先生を片耳に流しつつ、紅舞に問う。

 すると、ため息混じりに説明してくれた。


「推定レベルってのは聞いたでしょ? それに対応するのが対象ランク。この場合だと、レベルがニだからランクもニ以上じゃないと戦線に出れないの」


 なるほど、と相槌あいずちを打ちながらも、暗翔は内心で思考を並行する。

 話からすると、俺のランクは一番下。

 戦闘には参加できないのか。

 つい、舌打ちをしたくなる。

 これは非常に困った。

 こちらにも色々と複雑な事情を抱えているのだ。

 特に、今はまだの近くに居た方が良い。

 目に届かない場所で倒されては、まずい。

 

「紅舞、俺の存在は特別ってことにしておいてくれ」


「……そうね。戦力的には、暗翔は既にあたしと同格以上。一緒に行動するわよ」


「エスコートをよろしくお願いします、お姫様」


「えぇ、頼まれたわ」

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