十七話 襲来

「これは……っ」


 隣で言葉を失う紅舞の声に、だが暗翔は目の前の光景に意識を注がれていたため、気付かない。

 真っ赤に染まった夕陽の空色。

 しかし、幾数いくすうもの招かれざる影たちが、その上を塗り潰すかのように現れ。

 天空は、今や夜空に擬態しているではないか。

  

「【ヴラーク】の襲来は既に始まっているのか」


「……っ、暗翔っ!」


 紅舞が右斜め方向へと叫ぶと同時に、三匹の【ヴラーク】が暗翔に差し迫っていた。

 それぞれが持つ、スピアの形状をした刃を暗翔に伸ばす。

 空気をも突き、向かってくる穂先。

 一匹目の攻撃を身をかがめた暗翔は、身体が通り過ぎるタイミングに合わせて殴り飛ばし。

 背後を狙っていた二匹目の姿を視認することなく、顔を逸らすと槍先が頬を横切る。

 暗翔の反撃を食らった【ヴラーク】は断絶音を鳴らし消え。

 

「邪魔よッ!」


 三匹目を倒そうとした矢先に、紅舞の火球が【ヴラーク】の身体を飲み込む。

 ほっと、胸内した瞬間。

 ッ……まさか、押し切れていない!?

 暗翔はかんを頼りに、足にアクセルをかけ、紅舞の元へ近寄って。

 全身をしねらせた勢いで、火球から飛び出てきた【ヴラーク】に向けて蹴りを入れ込む。

 

「グギャッ……」


 不快な声に続いて、姿が宙を舞う粒子と化した。


「っ、助かったわ……」


「警戒しろ、紅舞。俺の推測だが、今回の【ヴラーク】たちは、かなり手強い――それも、レベルニなんてものじゃないぞ」


 先程紅舞が発動させた【ギフト】は、間違いなく【ヴラーク】にトドメを刺したと思われた。

 しかし、実際には生き残っていた。

 以下の内容から考えるに――この【ヴラーク】たちは最低でもレベル四はあると考えてよいだろう。

 

「予測警報が故障……? いいえ、それはないわ」


「あぁ、俺も同意見だ。とすると、考えられる可能性は一つ、か」


「なによ、可能性って。これが、故意的に引き起こされた異常だと言いたげな口調ね」


「……もしも俺の推測が正しければ。今回は、本当にやばいことになるだろう。それだけは先に話しておく」


 意図的に伏せたが、恐らく死者も多数出ることだろう。

 なぜならば――。

 暗翔は【ヴラーク】だらけの上空を見上げると、軽く舌打ちを鳴らした。




■□■□




『きゃぁぁぁっっ……!!』


『このっ……なんで。なんで、【ギフト】が効かないんだよぉぉぉッッ!?』


 暗翔が街中へと向かうと、一足先に戦闘を行っていた生徒たちの姿が数十人捉えられた。

 数ある建造物たちは潰され、原型すらとどめておらず。

 地面に倒れ込んだ人々は、みな身体の箇所から赤色の液体がにじんでいる。

 領空は【ヴラーク】たちが自由に占拠している模様。


「押されているわよ……いえ、それもそうだわ。だって、レベルに対して対象ランクが違うもの。低ランクの生徒が勝てるわけない」


 しかし、と暗翔は内心で思考する。

 冷静に戦況を分析すると、おかしな点が複数浮かぶ。

 第一に、なぜこれほどに押されている?

 紅舞が苦労して倒せるレベルならば、ランク五から上の生徒たちは一体どこでなにをしているのだ。

 暗翔の顔に考えていることが表れていたのか、紅舞が答えた。

 瞳は空を捉えたままで。


生憎あいにくと、誰も助けは来ないの。ランク五から七の生徒たちは、現在島を離れて特別訓練中よ」


 紅舞の言葉に耳を傾けた暗翔は、再び脳内に意識を運ぶ。

 少し先の道端に視線をやると、一人、また一人と【ヴラーク】の餌食となっていく人々。

 ランク五から七の助っ人は不在で。

 ただでせさえ、数匹相手にするのがやっとの【ヴラーク】がまだまだ存在する。

 

「考えても仕方ないか。紅舞、少しずつ倒していくぞ」


「言われなくてもやるわよ」


 無数に襲いかかって来る【ヴラーク】に対して、たったの二人で迎撃を開始した。




■□■□





「『生命焔典フレイム・エイター』よッ、炎を散らしなさいっ!」


 連続して、空気が振動。

 次いで、空間を裂くような爆発音が響いていく。

 紅舞の【ギフト】――『生命焔典フレイム・エイター』。

 地に炎を撒き散らし、地獄のように焼き払うその姿は。

 とても二十もいかない少女の仕業とは、到底思えない。


「……」


 敵を次々に撃退していく様子を、片目で流しながら暗翔も【ヴラーク】を潰していく。

 あれが、紅舞本来の実力か。

 今の彼女と戦った場合には、暗翔とて無傷とはいかないだろう。

 だが――。

 思考を途切れさすように、首を横に振る。


「ギィィィッッ!!」


「音を立てながら殺しに来るとか、バレバレだろ?」


 攻撃を片手で受け止めた暗翔は、【ヴラーク】ごと地面に叩きつける。

 バシンッ、と辺り一帯がえぐれ。

 拘束を離すと、すぐに姿が消失した。


「まぁ、この程度の知能か」


 周囲の【ヴラーク】は大体片付いただろう。

 未だ戦っている紅舞の元へ戻ろうとした寸前で。


「助けてッ……誰かっ!」

 

 暗翔を呼び止める声がする。

 だが、どこに目を動かしても人の気配がない。

 探ってみようと、研ぎ澄ませた五感。

 空気の微かな揺れすら、捉える耳元は。

 ガッ、と道脇の路地から地面を踏みしめる音すらも感知。


「ガギャィィェッッ」


「怖いよッ……!」


 暗翔が向かった先には、【ヴラーク】が少年の背中に乗り掛かり、今にも襲いそうな様子が。

 次いで、【ヴラーク】鋭い牙を少年に突き立てようとする。

 

「っ……ッと」


 地を、そして壁をつたいながら全速力で【ヴラーク】の距離感まで接近。

 暗翔が振るった拳は、辺りに空気に波を揺らがせながらも――【ヴラーク】から放たれた蹴りに相殺させられる。


「ギィィィッッ」


 奇声を発しながら、少年から暗翔に標的を定めた【ヴラーク】。

 背中を片腕で掴んだまま、続く暗翔の攻撃を少年で受けようと前に突き立てる。

 しかし、そこで【ヴラーク】は突然、首を左右に巡らす。

 

「紅舞もこれには、驚いたよな」


 暗翔の言葉に、振り返ろうとした【ヴラーク】だが。

 半分だけ首を傾けた所で、動作が終了。

 そのまま、黒い粒となって消えていく。

 それもそうだろう。

 暗翔が既に、身体へ腕を貫いているのだから。


「怪我はないか?」


「う、うん……ありがとう。お兄ちゃん」


 あぁ、と頷く暗翔。

 いつの間にか、辺りの戦闘音も消え失せている。

 どうやら、紅舞も戦況を維持してくれたみたいだな。

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