十八話 絶望
暗翔は残る【ヴラーク】を倒しながら、紅舞と合流しようと街中を駆け巡っていた。
上空に浮かぶ【ヴラーク】の出現口――ブラックホールのような穴は、徐々にだが大きさを縮めていっている。
「……戦況は好調、か」
言いながら、暗翔は一つの失敗をした、と内心で思う。
先程から、紅舞の姿を探しているのだが、どこにも見当たらない。
遠くまで行きすぎたのか?
そんな暗翔の焦りは、すぐに鼓膜へと伝わった悲鳴によってかき消された。
続いて、隣の街の中心部から縦方向に巻き上がった瓦礫の
「目を離した隙に……ッ」
地を踏みしめる爆音。
建物の上から音のした方向を見やっていると。
地面に、赤髪少女の身体が横たわっているではないか。
「紅舞っ!」
「暗翔……っ、こっちに来たら……だ、めッ!」
「なっ……ッ」
紅舞が、駆け寄ってくる暗翔に向かって、喉が裂けるほどの声で叫ぶ。
次の瞬間、全身の毛という毛が、鳥肌立つ。
はっ、として振り返った時には、既に遅かった。
身体が、謎の力によって激しく地へと打ち付けられる。
「グッ……っ」
肺から空気が逆流。
どこかを怪我したのか、鉄臭いにおいが鼻に吸い付く。
「なによっ……これ。助け、て……暗翔ッ」
倒れ込んだままの姿勢で、暗翔は声だけを頼りに真上へと無理やり目を移動させると。
続いて、最悪だ、と唇を噛む。
――空中を浮く紅舞の上半身には、腕が一本巻きついている。
白い、それもペンキで染め上げたような、一色で彩られた身体は。
まるで、彫刻像のようであり。
そしてまた、それは人間を模写したことではないことがすぐに見て分かる。
背中と頭には、二本の翼が生え、口元には
細く捉えたものを見定めるような瞳からは、脳裏に本能から危険だと促す合図が鳴り響いて止まない。
「白い【ヴラーク】……ッ」
またの名を、知能ある【ヴラーク】とも。
「こんにちは。人間どもの皆様」
■□■□
集積した雲は、灰色の空を作り上げ、嵐を呼ぶ。
肌身に打ち付けられる水しぶきの感触を受け止めながら、暗翔はゆっくりと足に力を入れる。
「暗翔……逃げ、てっ」
「おや、無駄口は許さないですよ」
「ぐっ……ッ」
【ヴラーク】の攻撃を直接もらった紅舞は、声にならない痛みを上げる。
身体を起こした暗翔だが、視界が微かに揺れ動く。
「無理しない方が良いですよ。人間どもには、少々強い衝撃を与えましたから」
混じり合った口調で、【ヴラーク】は暗翔に視線を向けながら言う。
紅舞が教えてくれた内容が、思考に入り込む。
白い【ヴラーク】は、知性があるとともに、能力を持ち合わせる。
その能力こそが、人間にもたらされた【ギフト】の正体であることも。
「紅舞を離せっ……!」
「おや?」
地面が爆ぜる音。
地を踏みしめ、【ヴラーク】の元まで肉薄した暗翔は、全身の力を利用して腕を放つ。
視界に捉えることすら、不可能な迅速の一撃。
だが、【ヴラーク】はあくびをしながら、紅舞を捕獲している腕とは別の、片手で受け止めていた。
「なっ……!」
「まじかよ」
言葉が失われる二つの声。
次いで、暗翔は触れられてすらいないのに、地上へと叩きつけられた。
背中は激しく骨が打ち鳴らされ、まともに指先一つ動かない。
「……それが貴方の本気、ですか」
馬鹿にするよう、あざけ笑う【ヴラーク】。
暗翔から紅舞に瞳を戻すと、腕を身体に絡めつけ、
「やめっ……ぁ、ッ」
「これが若い人間の身体ですか。ふふっ、少し味わいたいくらいですね」
「【ヴラーク】ッ……っ!」
再び接近しようとした暗翔だが、まるで磁石のように背中が地へと引かれる。
「貴方は不要な存在ですね。邪魔なことですし、殺した方が良さそうですか」
「っ……!」
紅舞を
刹那、全身が押し潰されるような、力では抗えない衝撃が襲う。
息が……できないっ。
手足をばたつかせ、もがくも意味はなかった。
徐々に意識ごと削られていき――しばらくすると。
「死にましたか」
「ぇ……」
まるで、死体のように動き一つすらしない暗翔に。
紅舞は、ただただ、小さな
「くら、と……?」
■□■□
「無駄ですよ。死人に口なし……意味は違えど、言葉の説明としては同じですかね」
「あ、あ……ぁっ」
不意に、唇が震える。
それは、これから紅舞自身が暗翔同様になる恐怖からではない。
「あたしは……まだ、なにもっ」
まだ、なにも暗翔にしてあげられていない。
『人殺し』のあだ名で、居場所が無かった自分に、居場所を与えてくれた人物。
それだけではない。
生まれて初めて、友達――いいや、親友だとさえ思えた。
なのに。なのに。
なにも、返せていないのに。
「人間とは刹那を生きる生命です。そう悲しむことはありませんよ。貴方だって、すぐにあちらへと送ってあげますから」
「ッ……ぁっ」
紅舞を捕らえた腕先は、侮辱するかのように、身体を舐めまわしていく。
そして、乳房へも近付いていき。
「やめて……やめてッ!」
嫌悪感からの、悲鳴。
それは、胸をえぐられるように辛く。
「うるさい人間ですね……いっそ、ここで貴方も殺してしまいましょうか」
「ぇ……っ?」
首元に絡む腕。
何度も【ヴラーク】との戦闘を通して、もう怖く無かったと思っていた死の意識でさえ、間近に迫ると途方に恐ろしく感じてしまう。
手足は力が入らず、足腰は震えて制御できない。
「それでは、さようなら」
ささやかれた言葉が歯切りに。
紅舞の視界は、落ちていき。
「――ッ!」
微かに【ヴラーク】の目が見開かれたのを捉えたと同時に、意識は黒く塗り潰された。
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