十四話 【|実践戦闘《ゲーム》】
人々が発する熱気が積み重なり、空気が化学変化を起こす。
会場とは少し離れた――ここ控え室にさえ、鼓膜に届いてくるひしめき合う声たち。
暗翔は手元のデバイスを操作しながら、中に書き込まれた内容に目を通していく。
「まんまと餌に釣られた魚って訳だな」
「こんなことが可能だなんてね……発想力には驚かされるわよ」
「ありがたきお言葉」
笑いながら、いくつかのコメントが視界に映る。
『大注目! あの人殺しと呼ばれた一ノ瀬紅舞が、なんと退学を賭けた闘いだってよ』
『今週の週末だぜ? 場所は第二競技場だってよ。これは観に行くしかないっしょ!?』
『あぁ、どんな風に紅舞たんがやられるのかなぁ。ぜぇぜぇ』
と、まぁ犯罪予備軍が若干名いるが……大体の生徒が、今回の【
なにせ、ネットにある学園の掲示板全てに、此度の事柄を書き込んであるからな。
「場所まで提示したんだ。野次馬は自然と集まってくる。それらを利用したに過ぎないがな」
衆人環境の目が届く環境を作った理由は、既に理解できるだろう。
約束した事柄をもしも破れば、少なからず生徒たちの中に不満を残すこととなる。
そうなれば、学園内での居心地、立ち位置も悪くなっていき。
つまり、約束を遵守させる舞台を構築するのが、暗翔の目的であったのだ。
「……」
チラリ、と三つの視線を背中に感じる。
応じるように振り向いた暗翔に合わせて、睨みつけてきたのはギャル。
「わざわざこんな舞台を用意するとか。まじないわー」
「くくくっ。自らの退学を大人数の生徒に見届けてもらいたいんじゃねぇのかぁ?」
「だとしたら、なおさら引くよ〜」
三つの異なる声は、明確に暗翔と紅舞を意識した会話であることは間違いない。
舐められるのも仕方ないか。
挑発を返すか悩んだ暗翔だが、あえて無視する。
「無言かぁ? ふん、早くもちびってるんじゃねぇのか。自分たちの最後の学園生活によぅ?」
「あははっ、それ受けるんですけどー」
紅舞に目をやると、緊張からか表情が硬い。
まぁ、退学がかかっているなら当然か。
時計の針が十を指し示した丁度のタイミングで、控え室に柔らかな声色が響くと同時に、小さな少女の影が入り込む。
「予定した【
猫先生はそれだけ言うと、くるりと身を反転して歩き出す。
暗翔と紅舞は顔を合わせると、横並びで背中を追う。
いじめっ子の三人も、それに続く。
全員が競技場の立ち位置につくと、熱気立っていた会場が一転変わって静まり返る。
「それでは、【
――暗翔側が勝利すれば、紅舞に弁解の機会を。
いじめっ子三人が勝てば、暗翔及び紅舞の退学を。
猫先生が読み上げた内容に、五人はうなずく。
次いで、観客席全体に響き渡る声が一つ。
いつにも増して、冷静な口調の暗翔である。
「【
いいな? と確認の言葉に、暗翔を除いた四人が肯定。
「怖かったら、降参してもいいんだよ〜?」
「その方が、身体的にも精神的にも楽つーか。あーしたちの圧勝だし?」
「ただの恥を晒すだけだせぇ」
三人は、言いながら嫌味な笑顔を貼り付ける。
暗翔は耳元で聞き流すと、紅舞を見やった。
顔色は青く、普段なら元気な姿も今や無し。
これは、少し緊張感し過ぎだな。
苦笑いをこぼした暗翔は。
情熱色の髪へ手を伸ばした。
「っ……ちょ、暗翔!? なにするのよっ」
「昨日は眠れなかったか?」
「なっ……そ、そんなこと今は関係ないじゃない」
みだれた枝毛に、手入れが行き届いていない様子が感じ取れる。
暗翔は考えることなく、紅舞の髪の毛をかき分け鼓膜へ顔を寄せて。
「大丈夫だ」
「なにが――」
紅舞の言いかけた言葉に重ね、暗翔は手を合わせ音を鳴らす。
それを合図に、【
しぶしぶ、といった形で紅舞は他の四人同様に戦闘態勢へと切り替える。
五からカウントが出され、数字は徐々に小さくなっていき。
【
■□■□
「行くわよ……『
紅舞が叫ぶと同時に、右手に現れたのは炎を宿した剣。
敵三人もそれぞれ武器を手にし、こちらの様子をうかがっている。
何気なく紅舞は自らの相方――暗翔に目をやると。
「あー、それじゃあ頑張ってくれ」
「……はい?」
呑気に手を振りながら、競技場の端へ移動する暗翔。
なにをしているのかしら……!
こちらは退学がかかった試合。
内心で焦りの声を上げる紅舞だが、どうやら敵は待ってくれないようで。
「仲間割れかぁ? はっ、今のうちに潰してやるぜぇ!」
短剣を片手に、男一人が地を蹴り近付いてきた。
間合いを一瞬で詰めた男の攻撃払いを、刃で応戦する。
次いで、炎を足元に出現させ、爆発。
空間が煙で支配されると、観客席から飛び交う叫び声がやけに大きく感じる。
「っ……至近距離からの爆発攻撃とはなぁ。なかなかだぜぇ」
「あら、無事だったの。夕食に並べられるステーキにならなくて良かったわね」
晴れた視界から捉えた男の姿は。
身体を覆う服は所々破れ、焼けた皮膚がのぞいている。
しかし、致命傷とまではならなかったようだ。
「くくくっ。冗談言うなぁ? ここからが、本番だぜぇ……ッ」
「っ……!」
なにかの気配を感じた紅舞は、反射的に前へ火球を飛ばす。
「目はどこについているのですか〜?」
「ぐっ……!」
肺から、息が逆走し、口から漏れる。
腹部に拳がめり込んでいることが理解できたのは、身体が壁に突き飛ばされたあとのことだった。
痛い……ッ。
態勢を立て直そうとした紅舞に、追撃の一手が迫る。
「あーし、一方的な勝負はつまらないんですけどー」
視界に、一瞬光が映る。
次いで、左腕にビリビリっとした痛覚が伝わった。
意識が揺らぐ。
しかし、ここで負けてはダメだと自らに言い聞かせ、紅舞はよろけながらも立ち上がった。
「まだやるですか〜?」
「当たり……前に、よっ。負ける訳には、いかないのっ……!」
叫ぶと同時に、紅舞は右手を真上にかかげる。
無数に出現した炎の雨は、けたたましい破裂音を地に叩きつけ。
三人を標的として、降り注ぐ。
「どう……よッ!」
激しく打ち付けられた床は地響きを誘い、視界が再び遮られる。
次に、目に映り込んだ三人の姿は。
余裕そうな顔色で立っていた。
「それで、この程度の攻撃がどうしたつーか」
「弱すぎて、話にもならねぇぜ?」
次の瞬間、肉薄した二人から放たれた攻撃と、上空から捻り出された電撃の嵐に。
紅舞は、薄く笑いながら【ギフト】で対抗した。
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