七話 乱入者

 攻撃の最中だった脚を止めると、眉根をひそめ、暗翔は不愉快を表情として浮かべた。

 スピーカーから鳴らされた、聴覚を破壊するかのような音量によって。


『警告、警告。人工島内に【ヴラーク】の出現を予測しました。推定レベルは二。学園内の生徒たちは、速やかに迎撃体制を整えて下さい。繰り返します――』

 

 【ヴラーク】の出現……?

 確か、先生がそんなことを口にしていた気がする。

 学園が創設された理由、だとかなんとか。

 記憶を手繰たぐり寄せながら、暗翔は地面に着地した先生に視線を向ける。


「どうやら、邪魔が入ったっぽいですね」


 あいづちを打つ先生。

 暗翔君、と続けるように呼んだ。


「【ヴラーク】を撃退するのは、この学園及び生徒の役目ですにゃ」


「えぇ、すぐに行ってきますよ」


 どんな生命体なのか観察したいし、と心の中で付け加える。

 

「今から私は学園内に戻るですにゃ。その実力があれば、ある程度は【ギフト】無しでも対抗可能ですにゃね?」


「任せて下さい。特に、女性を落とすことにはけていますからね」


 口端を上げた暗翔に、先生はふっと笑みをこぼす。

 二人はくるり、と背を向け合うと別々の方向に足を進めていった。




■□■□




 ドーム状の建物から外へと移動すると、既に学園内には緊張感が張っていた。

 息を荒げながら駆ける生徒に、武器のような刀身を持ち運ぶ者まで。

 彼らは、流れに沿うようにして一定方向へと姿を消していく。

 向こう側から出現するのか?

 暗翔がその方角の空へと視線を当てるも、ただ朝の日差しが昇っているだけ。


「どれどれ……っ」


 生徒たちはどこに集まっているのか、ふと疑問に思う。

 脚を曲げ、蹴り上げるようにして空中へ。

 

「丁度良い場所は……校舎の屋根上でいいか」


 バタッ、と乱雑に足を着地させる。

 すると、街の中心部に生徒たちの集合を捉えた。


「ってことは、あの辺りに出現するのか」


 【ヴラーク】の姿は目にしたことがあるが、現れる瞬間は視認したことが無い。

 服の袖が軽く揺れる。


「俺も向かうとするか――」


 屋根上を降りようと腰をかがめたその矢先。

 一瞬だが、謎の浮遊感のような感覚が襲う。

 直後、ぐらっと頭がよろける。


「っ、なんだ……?」


 風にまかれたのが原因ではない。

 暗翔は眉をひそめると、続いて地面に着地して街方面へと身体を進ませた。

 視界に生徒たちのたばが入り込んだほどの距離で足を踏み止めると、手ごろな建物の上へと乗り移る。

 状況を分析、観察するためには、ある程度戦場から離れていた方が分かりやすい。

 

「さて、いつ出てるのか……ん?」


 疑問色の声をつぶやく暗翔。

 目線先は、空中に向かっていて。

 ビリビリッ、と剥がれ落ちるようにして、街上空の空間にが入り込んでいるではないか。


「おいおい……まさか」


 徐々に周囲へと割れる連鎖が伝わっていく。

 ある程度の大きさまで広がったヒビ割れ。

 暗翔が、はっと目を見開く。

 ――直後、巨大な黒い影。

 言い表すとすれば、ブラックホールの見た目に近い。

 空中に現れた黒い球体は、割れ目を覆い、異様な光景を作り上げる。


「……っ!」


 気配を感じる。

 とっさに身構えた暗翔は、既に戦闘態勢に入っている。

 次の瞬間、現れた。

 異世界からの訪問者たちが。


『ガガギィァァァアガアカジィッッッッ!!』


 空間に響き渡る叫び声は、眉根をひそめるほどの不愉快を感じさせる。

 続くようにして、夜色に染められた球体の中から、次々とが出現していく。

 空を飛ぶ犬猫、ヘビは翼を生やし、槍のような鋭い武器を手にしたはちの群れ。

 

「これはどういうことだ……?」


 暗翔の頭に浮かぶ疑問符。

 あからさまに、敵たちには不自然な点があるのだ。

 自然界ではあり得ない特徴。

 それは、球体から現れた生命全てが黒い身体に塗り潰されていること。


「……あれらが、【ヴラーク】か」


 言って、暗翔はその場を全力で蹴る。

 一拍置いて、背後に爆発音。

 別の屋根上に着地すると、視線を数秒前まで居た所へとやる。

 木々の表面は壊され、周囲に瓦礫がれきが散っており、なにかが起こったことは明らか。

 微かに目を上に動かすと、ヘビに翼の生えた【ヴラーク】が。


「荒っぽい挨拶だな」


 注意は【ヴラーク】に置きながらも、暗翔は街の様子を捉える。

 金属が弾ける音、鼓膜にとどろく爆発。

 いたる所で、戦闘が始まっているようだ。


「それじゃあ、こっちも挨拶返しと行くか」


『ガギィァォッッ!!』


 言葉にならない奇声を発しながら、ヘビの【ヴラーク】が威嚇いかくするように顎を開く。

 鋭い牙と黒い瞳が、殺意を暗翔に向けると同時。

 【ヴラーク】が飛びかかって来た。


「初めましてこんにちは……そして、さようならッ!」


 牙を光らせながら、距離を詰め寄った【ヴラーク】。

 攻撃が接近した瞬間に暗翔が横へ飛ぶと、細長い身体が屋根を突き破り穴を開け進める。

 その隙を逃すはずもなく、力を込めて放った暗翔の蹴りは爆音を鳴らしながら【ヴラーク】の闇色の身体を曲げた。

 グギャ、と悲鳴なようなものを上げたとともに、【ヴラーク】は空中に黒い結晶を撒き散らしながら消失。


「これは動物虐待に入らないよな?」


 むしろ、この生命体そのものが動物なのかが不明である。

 分からないことが増えていくな、と内心で思っている内に。

 暗翔は振り向きながら、拳を素早く抜き放つ。

 そしたら、攻撃を避けるように宙へと跳び、その勢いを使って足に力を込める。

 次々と迫る【ヴラーク】を正確に撃退していく暗翔。

 戦闘で足場を渡り走っていきながら、十……二十体と結晶にほうむったのちに。

 槍を手にした蜂の【ヴラーク】が、暗翔を軍隊で潰しにかかった。

 襲いかかってくる突きの攻撃を躱すかわそうと、身をそらしたその瞬間。

 

「やべ……っ」


 足が滑り、腰が暗翔の制御下から離れ、落下していく。

 液体によるもの――蜂たちが仕掛けていたわなか……ッ。

 暗翔が現状を理解するのは、目の前に槍が迫る寸前だった。

 まずいっ!

 【ギフト】もなにも所有していない暗翔は、鎧を着ていない戦士と同様。

 無防備という言葉でしか表せない。

  

「ッチ、避けられない……っ!」

 

 態勢を崩して後ろから落ちている以上、身体は動かせない。

 舌打ちをした暗翔は、顔をしかめる。

 こんなところで死ぬのか?

 諦め、死を受け入れようとしたその時。

 眼前に、激しく燃え上がる炎が出現し。

 蜂の群れを、全て焼き払った。

 はっ、と気配を感じとった暗翔は、横に視線を向ける。


「命拾いしたわね、?」

 

「ッ……お前は……っ!」


 驚きの色を表情に浮かべた暗翔。

 嫌味を混ぜたような言葉には反応を示さず、声の主の姿が。

 そう、彼女は――。

 唯一、クラス内で一人隔離されていた少女であり。

 また、暗翔が不自然気味に注目をそそいでいた人物。

 無意識に、名を呼んでいた。


「『一ノ瀬紅舞あかり』……っ」

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