四十九話 昔話

 暗翔は、蒼冥の真後ろから前へと通り抜ける。真横に辿り着いた際に、ただ一振り首元の静脈を撫でる。どこにでもあるような短剣の刃先が、陽の光を反射してギラリと輝いた。

 蒼冥に向けて放った瓦礫の攻撃はフェイク。視界を塞ぎ、瓦礫の足場を利用して蒼冥の視野外から背後を取ったのである。

 通り抜けた瞬間、手元に濃い茜色の液体が付着。ねっとりとした暖かい感覚が這うとともに、後方から笑い声が届く。

 

「見事だ、黒城さん……だが、これで引き分けですね」


「なんだと……っ」


「暗翔っ!」


 瓦礫を吸収し終わった三個のブラックホールが、オレンジ色に染め変わる。

 瞬間――連鎖するように爆破。身体が地面に叩きつけられた時には、既に全身の皮膚がただれ、火傷後が捲れていた。

 【ヴラーク】による再生は、今すぐには見込めない。傷口が広過ぎる。一方の蒼冥も、致命傷を負わせたため、簡単には動けないだろう。要するに――。


「引き分けか……無茶苦茶過ぎんだろ、その能力ギフト


「ははっ。貴方の能力ギフトの方が大概だとは思いますがね」

 

「だ、大丈夫なの……暗翔?」


 ブラックホールから解放された紅舞が、膝を着きながら悲鳴じみた声を上げた。


「時間が経過すればいつも通りだ。それより、手は貸して貰えるのか?」


「相応の覚悟と実力を見させていただきました。貸さない訳がありませんよ」


 ふっ、と息を溢した暗翔。蒼冥が、足元を引き摺りながら近寄ったと思いきや、耳元に口元を持ってきた。


「もっと一ノ瀬さんという少女を信用した方が良い。彼女は期待を裏切らないと思いますよ」


 最初に言い合ってる姿を見たので、と付け加えられた。

 暗殺者において、信頼できるのは己の感覚だけだ。予め掴まされた情報が嘘の場合。味方が裏切る場合。誤りが生じている場合。疑うこと、簡単に人を信用しないこと。

 ――紅舞は違う。しかし、人を信用でききれないで居るということは、まだ心の壁を破りきれてないということなのだろうか。

 三十分後、ランク争奪戦の前半戦が終了。両校の生徒の脱落が、規定数を下回ったため。特に、ランク三以下の生徒達は一人も倒すことなくドロップアウトしたため、簡単に暗翔は後半戦へと選出された。紅舞や夜雪も同様に駒を進めることに。

 撃破数が三十人という、蒼冥が叩き出した最高数を持って開幕戦は閉幕した。




■□■□


 


「顔を合わせるのは三ヶ月ぶりってところかな? 相変わらずシスコンだね、暗翔君」

 

「誰がシスコンだ。羨ましいんだろう、サクト?」


「シスコンなんて酷いでしてよ。兄様とは将来赤ちゃんを産む関係ですわ。それぐらい愛し合っている方が良いに決まっていまして」


「それは失敬したね」


「おい、これって仕事の最中だよな?」


 月明かりが室内を満たしている。鈴虫の合唱と、海辺の波打ち音が窓を貫きながら木霊していた。

 職員室の椅子に腰掛けたサクトは、パソコンを弄りながら欠伸をこぼした。


「今【レグルス女学院】のデータベースの中にウイルスを流して、秘匿情報を探ってる最中さ。そんな堅苦しいこと言っても作業は同じなんだからさ、楽しくしていこうよ」 

 夜雪と暗翔は、サクトの警備として付き添っている。こう見えて、サクトは組織の頭として動いている。情報機器に関して、彼の右腕に出るものは存在しない。


「そういえば、サクトさんは兄様の育ての親なんでして?」


「そうだね。懐かしいな……暗翔君が組織に来た頃は、凄い可愛げがあったのにね」


 空を仰ぐと、サクトは芽を閉じて微笑んだ。


「昔の可愛い兄様ですこと? 聞きたいですわっ」


「……そんな時もあったっけな」


 暗翔は、薄く返事をする。サクトと同様に、昔の記憶が手繰り寄せられていく。

 ――アルカディア国の国家秘密組織。暗翔が所属する組織とは、国家に敵対する者や、将来的に危険になるであろう案件の芽を摘むために作られている。

 所属する構成員を集めるのには、それ相応のリスクがある。他国のスパイが紛れる可能性。これを排除するために、基本的には孤児が全国から回収され、ふるいに掛けられていた。

 暗翔も同様のパターンで、肉親の顔や名前すら未だに知らない。肉体機能や思考速度、思想教育――あらゆる教育を受けるに当たって、そんなことはどうでも良くなっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る