五十六話 祭り

「ふん、無駄なことを……なにッ!?」 

 

 【ヴラーク】の剣ごと飲み込んだ大蛇は、さらに目的地へと肉薄していく。【ヴラーク】が火縄銃を手に持ち、地上へと銃口を向けた矢先。蒼冥が、叫びながらブラックホールを生成。姿勢を崩した【ヴラーク】に、勢いを増した大蛇が口を大きく開いた。漂白色の身体が、摂取何千度の世界に放り込まれる。


「ッ……ぁぁガァッ。また、負けるのかァァ……人間風情がッっっ!」


「人間を馬鹿にしないで。貴方達と違って、誰かを思い合い、信用し、そしてより強くなれる。それが人間の力なのよッ!」


 身体が溶け込むと、大蛇が消失した瞬間。内部の実力が大爆発を発生させてしまう。鼓膜を破裂させんばかりの爆音が、紅舞のヘッドヘアーを揺らした。

 膨大なエネルギーが、大熱風を引き起こす。灼熱の嵐が、一同に迫る。触れれば最後、もはや骨の一つすら溶解して跡形もなくなってしまうだろう。

 すると、一向の前に、一人の人影が現れた。一風変わった様子のない髪色に加えて、青年としか思えない容貌。だが、碧碧とした横顔の双眸は、目の前の熱風を捉えていた。


「『第二章』の開幕だ――あぁ、始めようか。仕事暗殺を」


 一筋の雷光が、目の前を駆け抜ける。激しい雷撃音と共に天から降って来たのは、青年の背丈をゆうに超える槍。まるで、神話にでも登場するような、圧倒的な威圧感ととこか神秘性を持ち合わせた、この世に最も不釣り合いな存在。

 片手で掴み取った青年が、後方に振りかぶると、こちらに顔だけ振り向いた。


「助かったぞ、紅舞。ここからは俺の仕事救出だ。ゆっくり眠ってくれ」


「そんな軽口叩いてないで、目の前のことに集中しなさいよ……馬鹿。帰って来てくれてありがとう――暗翔」


 あぁ、とうなずいた暗翔は。獰猛な笑みを浮かべると、雷撃が飛び交う槍を、前に振るった。瞬間、灼熱の嵐を一筋の光が貫く。ハリケーンが勢いを失うと、周囲の空気に撒かれ、海原へと消えてしまった。

 紅舞が目を細める。眼前でただずんでいた青年は、夕陽に煽られ、オレンジ色に輝いていた。

 そう。まるで、世界が彼を祝福するかのように。


「ただいま」


「心配したんだから。はぁ……ふんっ……っ。おかえりなさい、暗翔」



 

 ■□■□




 頭上は暗がりが制している中、地上では煌びやかな光が人工島を添うようにして、包み込んでいた。わちゃわちゃと騒ぎ立てている若者の声色も、明るく活気を盛り上げていた。男女の恋仲だろう者達が手を繋ぎ、同姓同士の友人らが、無邪気にはしゃぎ立てながら、屋台に吸われていく。

 ランク争奪戦は、提案した理事長が謎の失踪を遂げたことで、結局中止となってしまった。この催し物は、両校の良好な仲を取り持つため、夏祭りを行うことに。

 また、組織は人工島から大陸へと任務先を変更しようとする動きがあったらしいが。

 【レグルス女学院】から存在を明るみにされてしまったこと。また、【ヴラーク】が消失してからの経過反応を理由に、人工島に留めることに。

 今回の件で、実績を得たサクトによる判断。覆されることはなかった。

 そして、暗翔の存在が組織の存在発覚に繋がる危険性を指摘して、今後は暗翔と組織の繋がりをほぼ断つと。

 サクトは涼しげな顔でやってのけたが、なにかしらの脅し材料が今回で見つかったのだろう。暗翔の要望に応えた内容で、全く頭が上がらない。

 笛と太鼓で奏でられる和のリズムが、お祭り騒ぎを掻き立てていた。

 カツカツ、と下駄が地面を踏む音。暗翔は紺色の浴衣をゆらゆらと揺らしながら、周囲を見渡していた。


「へぇ……色々な屋台があるのね。あ、射的とか面白そうじゃないかしら!」


「兄様っ、人形すくいですわ! やりたいでしてっ」


「なんだよ人形掬いって……金魚掬いだろう? 分かった分かった。どうせやるなら三人で勝負しないか?」


 紅舞が纏っているのは、鮮やかな朱色に花柄が刺繍された浴衣。団子に上げられた髪の毛から、真っ白なうなじがのぞく。

 素直に綺麗だ、と暗翔は開口一番漏らしてしまった。当の本人は、叫び散らかしながらも、喜んでいたが。

 一方の夜雪はと言うと、紫色の表面に花火柄がデザインされた、落ち着きのある浴衣を羽織っている。特に胸元が強調されており、暗翔は視線のやり場に困っていた。

 少女のように若さと可愛さ満載の紅舞に、普段とは打って変わって大人の余韻を残す夜雪。二人の美少女が、暗翔の目の前ではしゃいでいた。

 射的の屋台に並んだ三人の出番が訪れる。


「負けたらどうしましょう。たこ焼き奢りとかは、いかがでして?」


「いいわよ。負けて泣くのは夜雪さんだけど」


「そろそろお互い『さん』付けは辞めませんこと? 


「あたしが負けたら考えてあげる」


「望むところでして」

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