五十五話 今度は

紅舞視点



 夕陽が一向を包み込む。地上に戻った一同を出迎えたのは、荒れ狂う人々の波。

 頭上では、純白を纏った初代【ヴラーク】に向かって、その他雑魚兵の【ヴラーク】が、一斉に総攻撃を仕掛けていた。囲まれた初代【ヴラーク】だったが、吐き捨てるかのような侮蔑の瞳で一瞥し、手を振り上げる。

 瞬間、鞘に収まった剣が、背後に浮かび上がった。


「『第四章』の開幕だ。行くぞ、ダーインスレイヴ」


 全身を血色に染め上げたその剣――ダーインスレイヴは、初代【ヴラーク】に付き従うかのように、眼下の【ヴラーク】へ飛来。

 腕を横に振るうと、ダーインスレイヴが呼応し、【ヴラーク】の身体を真っ二つに切り裂いていく。もはや、殺戮に近い。自動でダーインスレイヴが、【ヴラーク】を迎撃していき、あっという間に領空権を剥奪した。

 夕陽に当てられ、剣先が血花を帯びたかのように、毒々しく煌めいている。


『緊急、緊急。【アルカディア魔学園】及び【レグルス女学院】のランク争奪戦は一時中止。至急、両校の生徒達は避難所へ移動を――』

 

 デバイスが振動したと思いきや、大音量でアナウンスが繰り返される。

 紅舞は、目元を手で覆う。夕陽が眩しい。真っ赤に染まった血色のような空模。

 初代【ヴラーク】は、【アルカディア魔学園】方向へと進んでいく。一同は、慌てて【ヴラーク】の後を追う。

 【アルカディア魔学園】へと辿り着いた時には、頭上で【ヴラーク】がたたずんでいた。

 空中の亀裂が戻っていくのを見届けた【ヴラーク】。


「これで邪魔者は消えたか」

 

 次の瞬間。【ヴラーク】の背後に、虚空の球体が出現し、すぐさま爆発を起こす。

 爆撃の波紋が空中に広がる。煙が撒かれたと思いきや。無傷の【ヴラーク】が、興味なさげに地上へと目を向ける。視線を追った紅舞が、制服を纏った蒼冥の姿を発見。

 【ヴラーク】が腕を薙ぎ払おうとした矢先。紅舞の火球が、全身を炎上させた。だが、焼石に水のようで、大した反応は伺えない。

 【ヴラーク】の背後に鎮座していたダーインスレイヴが、紅舞目掛けて肉薄。だが、夜雪前に踏み込むと、黒死色の刃先で弾き返した。刃同士の甲高い音。


「これは厄介ね」


「紅舞さんはわたくしが守りますわ」


  【アルカディア魔学園】に、行き先を失ったダーインスレイヴが向かう。校舎を貫くと、豪快な物音を立てながら半壊。瓦礫が生徒達に降り掛かろうするのを、ブラックホールが割って入り、緩衝材に。

 蒼冥に合流した一向。


「ご無事でしたか」


「えぇ、ちょっとやばいことになったけれど」

 

 紅舞が全てを焼き尽くさんとする炎を飛ばし、夜雪がダーインスレイヴを対処。蒼冥が奇襲を仕掛けるという繰り返しを行うも、徐々に押されていく。

 復活した史上最悪の厄災が、圧倒的な実力で場を支配していた。

 すると、サクトが紅舞に向かって言葉を投げかけた。


「紅舞君だったね。本来、僕がなにかを言える立場じゃないんだけど……恐らく、今の状況を変えられるのは君しか居ないよ」


「あたしですか……?」


「君に眠る【ヴラーク】の力の本質――多分、その程度じゃないんだよ。本当は能力ギフトの効果を無意識に抑えているんじゃないのかな。例の一件の負い目からかい?」


「……かも、知れません」


 【ヴラーク】が雷撃の槍を放つ。蒼冥の能力ギフトがグングニルを受け止めるも、微かに脇腹を貫かれ、膝を付いた。傷口を押さえる手元から、ぽたぽたと鮮血が流れていく。出血が酷い。現状は、もう長くは持たないだろう。

 荒々しく肩を上下しながら、蒼冥が独り言のように呟いた。


「目の前の黒城さんも同じでしたよ。一ノ瀬さんを信じられていなかった。あなた方に必要なのは、互いを――自分自身を信じることなのかも知れませんね」


「紅舞さん。恥を忍んでお願い致しますわ。【ヴラーク】を――兄様を。取り返して下さいッ」


 歯向かってきたダーインスレイヴを弾いた夜雪だったが、弧を描いて、朱色の刃先が紅舞を襲う。だが、夜雪とサクト、工作員が間に入り込むと、紅舞を庇った。次々と、地面に倒れ込んでいく仲間たち。

 ただ一人、紅舞が立ち上がっていた。乾燥で唇を切ったのか、キリキリと口内に血液が染みていく。荒い土埃が鼻筋を抜けると、鉄の臭いと混じり合い、眉根を顰めた。

 ――暗翔が信用してくれて話してくれたように。

 あたしも、自分を信じる必要がある。前みたいに、意識がない状態で暴走してしまったら、誰かを傷付けてしまう。能力ギフトのせいで。

 嫌だ。それは絶対に許せない。だからこそ、能力ギフトという存在が怖い。

 深く息を吸い込むと、両頬を叩く。【ヴラーク】のつまらない物を見るような視線に対して、きっと睨み返す。心臓の鼓動が、鼓膜のそばにあるかのように、一回一回の鼓動全てが響いてくる。

 信じるんだ……あたし自身を。能力ギフトを。暗翔を。

 そっと目を瞑ると、身体の内側から火山が噴火したかのような熱さが、四肢にまで行き渡っていく。視界が開けると、腕元がゆらゆらと炎に包まれている。

 足元まで轟々とした火に覆われた紅舞は、ゆっくりと頭上の【ヴラーク】に向けて手を伸ばす。


「今助けるわ……暗翔ッ!」


 理事長に殺されそうになった時。自分自身を犠牲にして救ってくれたのは、誰でもない暗翔だった。

 ――今度は、あたしが助ける番。

 辺り一帯が、炎の海が包み込み、夕陽色に燃え上がっていた。紅舞の手元から放たれた、大蛇の形をした豪炎が、牙を剥き出しながら天に登っていく。

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