二十話 陰に潜む者達

「数日前、人工島にて【ヴラーク】の襲来と同時刻に起こった謎の地震。周囲の海域は荒れ、深海にある人工島の支柱でさえも揺らいでしまった――随分と暴れたらしいじゃないか?」


 深夜の外は、虫たちの合唱と波を打つ海のさざなみが包み込んでいる。

 電波受信されない場所を選ぶのならば、この時間帯が最適だ。


「学園の生徒たちの悪戯は、度が過ぎているからな」


 こんな言葉で、誤魔化せるなど思ってもいない。


「いいさ。君の【ギフト】は強力だ。使い道さえ間違えてなければ、問題ないからね」


「それで、用件は? そちらから連絡を入れるってことは、急ぎのことでも?」


 闇に紛れた少年――暗翔は、流れゆく膨大な海の彼方かなたに目を置く。


「……が数日後、人工島に帰還する。合流したまえ」


「それだけなのか?」


「例の仕事については――『』の護衛については、順調かい?」


「分かり切っていることを」


 ふふっ、と歌うようにデバイスから応えられた。


「それじゃあ、個人的な忠告として一つ」


 デバイス越しから届く口調は、毛色を変えた。


「これは組織の幹部から漏れた情報さ。他言無用を約束してくれるかい?」


 誰も話す相手がいないことを知って、あえての言葉選び。

 しかし、一応分からないふりを装い、相槌あいずちする。


「ランク五〜七の生徒も、そろそろ人工島に戻る頃だろう。注意しろ、その中には、恐らく――」


 


■□■□




 【ヴラーク】の被害を大陸から避けるために、創設された人工島――また、ここ【アルカディア魔学園】を含む四つの学園。

 本来の目的通り、【ヴラーク】との交戦で甚大な被害規模が予想された人工島での復旧作業は、尋常ではないほど早い。

 既に、灰か積もり果てた街の景色ですら、続々と建物が伸びだしているのだから。


「賠償金は戦闘での事故だから払わなくて済む……それは良いわよ」


 欧米洋式を基にしたレンガ建ての外観が覗く、学園の中庭を。 

 並んで歩いている二人のうち、少女が額に筋を広げながらつぶやいていた。

 一方で、隣に続く暗翔は苦笑いを顔に張り付けるしかない。


「あたしは白い【ヴラーク】を倒してすらいないのに……いいえ、正確にはその記憶すらないのに、功績をたたえられるとか、嬉しくないんだけどッ」


「あつっ……だから、紅舞の炎をまともに受けたら、火だるまになるかやめてくれ」


「なにが火ダルマよっ。どうせなら、焼肉にしたいわ」


 どんな風に受け止めたら、そんな言葉が口から出てくるのだろうか。


「まぁ、これでランク五に一歩近付いたと思えば、ラッキーだろ?」


「それもそうだけど……って」


 あっ、と紅舞がなにかを思い出した表情を作る。


「あたしが意識失ったあと、暗翔はどうして同じ場所で倒れていなかったのよ!」


 痛い所を突くな。

 あの場では、即席で浮かんだ名案だったのだが、思わぬところに穴があったらしい。

 

「なぁ、最近校内で紅舞のファンクラブができたと耳にしたぞ。『人殺し』の件が誤解――和解だと理解してくれた証拠じゃないか。それに、やっと紅舞の可愛さが生徒たちに気が付いたんだな」


「えぇ、そうね。このあたしのかっ、可愛さに……って、勝手に話題変えるのやめてくれる!?」


「単に、爆風の影響で別の場所に飛ばされていただけだ」


 取り繕いながら、暗翔は周囲から無数の視線を感じる。

 『人殺し』のことが解決したからと言って、やはり注目は受けるようだ。

 ため息つきたい気持ちを抑えていた暗翔だが。

 紅舞がつま先に顔を下げながら、ぼそっと口を開いた。


「……これから、借り。返すから」


「別に、俺は俺の思惑があったに過ぎない。気にする必要なんてないぞ」


 暗翔が言うも、髪の毛を横に振る紅舞。


「それでも、なの。だって、初めてできた友達、だから」


「……え、紅舞ってこの歳になるまでずっとぼっち――」

 

 暗翔ですら、反応できない速度で。

 右肩に、紅舞の炎を宿した拳が打ち込まれた。

 激しい熱さに、焦りながらも。

 暗翔は、楽しげに笑う紅舞を捉え、つられて口元が緩んだ。




■□■□




 カチカチッ、と一秒を刻む針の音が、部屋の中に響く。

 中央には、バラの絵が描かれた縦長のテーブルが。

 無数の椅子が囲むように置かれおり、現在はその全てに人影が座っている。

 一声が、影を作る蝋燭ろうそくの灯しを揺らす。


「緊急会議を開催したことについて。早速だが、始めさせてもらう」


 どこからか、ゴクッと唾を飲み込む音が鳴る。


「数日前、【ヴラーク】の襲撃があったのは、ご存知かと思う」


「……あの地震になにか関係が?」


「――我々が求めていたものを、観測した」


 ざわっ、と室内が溢れかえる。

 さかし、再び一声が話続けるに合わせ、静まった。


「始まりの【ヴラーク】は、かの有名な暗殺者によって殺された――しかし、それだけでは納得がいかないことがある」


 ――そう、その【ヴラーク】が所持していた四つの書を含む【ギフト】は、誰の手に渡ったのか。

 

「本来、倒した【ヴラーク】の【ギフト】の能力は、なにかの物体。学園では、石に封じ込める。これは、先日の【ヴラーク】も同様に回収済みだ」


「あの念動力のような能力ですかな」


「そうだ。けれど、最初の【ヴラーク】の【ギフト】。これだけは、か回収できなかった」


 原因として考えられる可能性。

 一つに、初代の【ギフト】が封じ込めない性質を持っていたのか。

 二つ目は、既に何者かが【ギフト】を封じていたのか。


「一つ目の可能性は置いとくとして、二つ目に関しては、おかしい。なぜなら、あんなに強大な【ギフト】を封じたのなら、必ず欲しいものが現れる」


「なにが言いたい?」


「なぜ、その【ギフト】を手にした者の情報が漏れない? どんな機関が管理していようと、その情報だけは収集できなかった……不自然だ」


 ただ、沈黙が流れる。

 

「そこで、話を戻す。先日の騒ぎ――たった数分に過ぎないが、求めていた【ギフト】の反応を観測した。言いたいことは、分かるだろう」


 ギラリ、と鋭利を磨いた瞳の数々が、薄暗さに輝く。

 ある者は利己の目的に、または興味深さからかれたのか。

 しかし、全員の表向きは一つの野望に向けられる。


「今後、我々は【ギフト】の監視を強化する。そして、もしも対象を発見した場合には――どんな手段を使ってでも、捕らえろ。我々の目的に、光あらんことを」


 暗翔が知り得ない中で、荒波は立ち始めていた。

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