第二章

二十一話 新たな出会い

 深海にたたずむ闇が、光を一切寄せ付けないように。

 部屋中にカーテンが敷かれているその場所で、二つの影が動いていた。


「遅刻は厳禁といったはずだヨ?」


 まだ幼さが残る声色。

 ドアの前で、視線をうつむけ床を映しているもう一つの影が、つぶやく。


「……申し訳ありません」


「まぁ、いいけド。それじゃ、これを見て欲しいネ」


 薄いスクリーン状の映像が、部屋の中央に立体化され映し出される。

 続けて、変わる画面。

 なにやら、一人の顔写真に個人情報欄が入力されたものに。


「これが、今回のターゲット。なんで学園の一生徒が対象かは知らないけド、上からの指示だからしょうがないネ」


 ――生年月日不明。

 【ギフト】無し、または不明。

 出産国、両親、その他経歴不明。

 これをプロフィールと呼んでいいのか、と思うほどに『不明』の文字がほとんどを占めている。

 うつむく影は一度目を通していくと、最後の欄に迫ったところで、微かに眉をひそめた。


「『黒城暗翔くらと』……ですか」


「最近でいうと、例の『人殺し』を鎮静化した生徒らしいネ。だからと言って、【ギフト】無しの無能なのは変わりないけド」


「【ギフト】無し……」


「だから、簡単だよネ?」


 幼い声を宿した影は、もう一つの人影まで近付くと、口元を不気味にまで吊り上げ。

 斜めに、顔を覗き込むような姿勢で。

 息を吹き込むように、ささやいた。


「『黒城暗翔』を殺すこと。いつも通りみたいに、頼んだヨ?」


「……」


 言葉が返って来ないことに不満を抱いたのか。

 幼さを感じさせる口調から、まるで無機質な機械のような声色に変えて。


「返事は?」

 

「……はい」


「ふふっ、それじゃ。よろしくネ?」


 それ以上の会話は途切れ、部屋から二つの影が消えた。




■□■□


 


「……え、今なんて言った?」


 大陸から数千メートル離れた海域に、人の手を加え創造された人工島。

 まるで、陸地と隔離かくりされたかのようなまでに不自然な地に。

 場所は変わって、【アルカディア魔学園】校舎内。

 廊下の床を歩き鳴らす二つの音が、壁に反響していく。


「だから、ランク戦が一週間後から始まるのよ」


 ――ランク戦。

 【アルカディア魔学園】が持つ、特色と言うべきシステム。

 生徒たちは、自らの【ギフト】とその力によって、適応するランクへと振り分けられているのだ。


「俺のランクが一ってことは、今回で二に昇格できる可能性があるってことか?」


「その通り。でも、ランク戦で優勝か、それに相応する実力が認められればの話だけれど」


「要するに、相手する生徒を片っ端から潰していけばよいだけだろ?」


「……暗翔がその気になれば、ランク一なんてすぐに上げられるわよ」


 なんて雑談を交えていると、授業を開始する鈴音が響いてきた。

 暗翔は慌てて駆け出そうとするも、なんの焦り色も見受けられない紅舞の声がそれを制してしまう。


「ねぇ、猫先生の話聞いていたの?」


「話って……あぁ、彼氏に振られたって報告か? 確かに、今日の先生は気分落ち込んでいたよな」


「そうね。って、今はその話題じゃないわよ!」


 鼻を鳴らした紅舞は、誇らしげに腰へと手を当てると、上半身をそらした。

 本人は分かっていないんだろうが、その膨らみすら感じられない胸元を強調していることに、暗翔は顔を引きつらせるしかない。


「昼間からの授業は、実践練習よ。ランク戦を視野に入れた上での取り組みだわ」


「それなら競技場だな――って、やっぱり俺たち遅刻しているだろ。なに堂々としているんだ?」


 あ、とまるで忘れていたかのようにつぶやく紅舞。

 結局、遅れて参加した授業は。

 まるまる一時間、猫先生の説教で潰れた。

 しかし、暗翔と紅舞を含むクラスメイト全員は呆れながらも黙って聞くしかなかった。

 説教途中から振られた元彼への愚痴がメインとなって、一人暴走した猫先生を止められる人物など、誰もいなかったのだから。




■□■□




「……確か、今日だったか」


 猫先生の彼氏話から解放されて一日。

 本来ならば授業だった日程を、今日は休みの予定に変更されている。

 

「あれが、向かいの船だな」


 水平線からわずかに捉えた外観。

 ランク五から七の生徒たちが、野外合宿から帰還してくる。

 辺りに生徒が沢山いるのもそれが原因であるため、暗翔は少しだけ人混みから離れた位置で出迎えを待っていた。

 組織から伝達された情報によれば、が来るはずだ。

 ふっ、と口元が緩むのを自覚しながら、暗翔は船が港に到着するのを見届ける。


「ランク五って言っても、やっぱり同じ生徒か……ん?」


 客船から溢れ出るように、生徒たちが次々と現れていく。

 暗翔はその様子を観察していると、一人だけ、なにか異質な雰囲気を持ち合わせている生徒を発見。

 周りから現れた生徒に、荷物を預け歩いていく。

 瞳に映しているだけで、肌身がピリピリと痛みを感じさせる。

 

「今は関係ないか」

 

 意識を切り替え、合流する予定の人物を見定めていく。

 っと……あれだな。

 地に足をつけたタイミングを確認し、暗翔は姿を見失う前に、足を動かした。

 相手側も首を左右に巡らせていると、こちらの気配に気が付いたのか、駆け足で寄ってきて。

 ぱっ、と暗翔との距離がゼロまで近付くと。

 突然、飛び付くように身体を抱きしめてきた。


「我が血の誓いをちぎった唯一の者ッ! そして――」


 意味不明な言葉を矢継ぎに発したと思いきや。

 暗翔が周囲の視線を感じ、引き離そうとするもガッチリと拘束された腕には無意味で。

 耳元に唇を寄せたその人物は、赤く顔を染め上げながらつぶやいた。


「お久しぶりですこと……

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