二十二話 再会

「だからって、こんな場所ですることはないだろ……『夜雪よゆき』」


「はい。兄様の姿を見たら、つい抱きつきたくなったのですこと」


 周囲から突き刺さる視線が、とにかく痛い。

 心臓が、物理的な痛みを帯びたように、脈動が高まっていく。

 そして、もう一つ別の意味で、暗翔は危険を感じる。

 育ち盛りの巨峰きょほうが二つ、服を通して擦れる感触が、妙に男としての本能をくすぐられてしまう。

 どこかの赤髪貧乳とは、また違った良さが。


「いい加減に降りてくれ」


「ごめんなさい。素直に従うですの」


 暗翔がため息吐きながらつぶやくと、身体から手を離し降り立つ夜雪。

 これはまた、賑やかな学園生活になりそうだ。

 胸内で苦笑いするしかない暗翔の様子に、夜雪は悪気が微塵みじんもなさそうな笑みを浮かべた。




■□■□




「……それで、そのイチャイチャぶりをわざわざ見せつけに来たってわけかしら?」


 ブチッ、と今にも血管が切れそうなほどに額にシワを作り上げたのは紅舞である。

 というよりも、両腕から火柱を出すのをやめて欲しい。

 腕に絡みつく夜雪に視線で、自己紹介しろと送る。


「ええっと……【アルカディア魔学園】所属の現在ランクは五ですの。『弥生やよい夜雪』という名前で――」


 再び暗翔の身体に巨大な胸を押し付けながら、おっとりとした瞳で。


「兄様の妹であり、世界で唯一の愛人、ですこと」


『……はい?』


 二つの疑問声が、同時に上がる。

 目を丸くした紅舞に、暗翔は頭に手を当てながら悩むような仕草を。


「数年ぶりですの。兄様とは、ここ最近会えていませんでしたので」


「はぁ……」


「紅舞、一応説明しておくぞ。俺と夜雪にはは一切ないからな?」


「だから、結婚だってできるのですこと」


「いや、普通は無理よね?」


 完全に暗翔も紅舞も、夜雪のペースについていけない。

 抱えた頭を微かに上げ、暗翔は成長した妹の姿を改めて観察する。

 無数に分かれた一本一本が、白銀の色に輝きを染めており。

 気品を持ち合わせた、大人びた顔立ちは、義理妹ながらも見惚れてしまう。

 服上から強調されている二つの胸元に、隣の紅舞と比べてしまうと圧倒的な力の差が。

 失礼な考えを浮かべたタイミングに合わせて、紅舞から謎の視線を受ける。

 女の勘ってやつなのか……?


「愛の力は、偉大ですこと。禁断の愛まで可能にしてしまうのでしてよ」


「しないわよッ!」


 全力のツッコミに対して、平気な顔で流す夜雪。


「このことについて、兄様はどう思われていまして?」


「うーん……愛の力は偉大だな」


 いろいろな意味で、と心の中で付け加える。

 視線を紅舞に向けると、だらけた表情には呆れの感情が現れている。


「ということで、お話を戻すとですこと。今後は、妹であるわたくしもどうぞよろしくですの」


「え、えぇ……なるべく関わらないようにするわね」


 一区切りしたタイミングを計り、暗翔は手を叩き鳴らす。

 次いで、軽い調子から表情を取り払い、代わりに引き締めた顔色へと切り替えて。


「それじゃあ、本題に入ろう。ランク戦についての話だ」


 暗翔の真剣な面持ちを感じたのか、夜雪の雰囲気にも変化が生じる。

 まるで、先程のふざけた様子が嘘だと思えるほどに、落ち着いていた。


「この学園はランクごとに待遇が大きく変わるわ。例えば、暗翔の今寝泊まりしている寮。ランク四のあたしはその数倍グレードの高いマンションと、全然違うわ」


「わたくしに至っては、個人宅まで貸し出されていますこと」


「あとは、一ヶ月ごとにもらえる支給額か。ランクが高いほど、優秀なために娯楽に使えるものも多様となっていくんだっけな」


「兄様のお金は、別にわたくしが払っても問題ないですの」


 ランク一の俺に与えられる額なんて、最低限の衣食住ができる程度。

 夜雪の支給額と比較するまでもない。


「まぁ、他にも図書館へのアクセス、デバイスで使用可能な制限。今挙げただけでも、かなりの格差があるわね」


 そうなのだ。

 もし、暗翔がこれから大規模な行動を起こす際には、絶対的にランクを上げなければならない。

 特に、組織との連絡を図る場所の安全性の確保を取らなければ。

 そのためには、やはり夜雪のような個人宅がなにかと都合が良い。

 

「そこで、だ。個人のランク戦は別として、団体のランク戦。これに、二人を誘いたい。どうだ?」


「あたしは特に。もともと、暗翔が誘わなければこっちから言い出そうと思ってたところなの」


 紅舞は同意するように、言う。

 

「そうですね……わたくしもたまに誘われはするのですが。全て下品な男連中しか来ないので、断っていますから、大丈夫ですの」


 本来ならば、団体戦は三人から五人の間で組める。

 上限まで人数を詰めないのは不利であることに変わりはないが。


「夜雪に紅舞が居れば、俺なんて要らないな」


「そんなことはないですこと! 兄様の実力はもはやこの大陸、いえ、わたくしの愛よりも壮大なる力ですの」


「言っていることの意味は分からないけれど……その、暗翔も十分に強いわよ」


 後半にかけて、紅舞はもじもじと視線を逸らしていた。

 けれど、その様子を気にすることもなく暗翔は口元に笑みを浮かべ。


「二人ともありがとうな。それじゃあ、改めて頼むぞ」


「兄様、チーム名は『赤く染まり、青く光る、闇の炎』なんてのはどうですこと?」


「最悪なネーミングセンスね……」


 暗翔も、紅舞の意見に同調するしかない。

 

「それならば、『愛しの兄様』――」


「あぁ、もういい。そんな名前になったら、恥ずかしくて脱退するからな?」


 さらに続けようとした夜雪の言葉を制する暗翔。

 隣で、はぁ、とわざとらしい息遣いが。

 

「では、早速行動に起こすですの」


 首をかしげる暗翔と、紅舞のきょとんとした表情。

 二人の様子を気にせず、夜雪は口を開く。


「なにをしているのですこと? 引越しですの。兄様と紅舞さんの寝床を、わたくしの家へと変えるのでしてよ?」

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