二十三話 転入生

「……なんでこうなったのよ」


 朱色に伸びた髪を揺らしながら、唖然あぜんと立ち尽くす紅舞。

 目の前では、暗翔と夜雪の義理兄弟が、積み立てられた段ボールを繰り返し運んでいる。

 午後の授業を終えた空模様は、真っ赤な夕焼けが描かれていた。

 敷かれた絨毯じゅうたんに、漂う花のような匂いが包む室内。


「文句なんか言っていないで、紅舞も手伝ってくれ」


「そもそも、あたしは一緒の家に住むなんて一言も……」


「あら、ならばわたくしが兄様を毎日毎時間独占してもよろしくて? もちろん、お風呂から寝室での夜伽よとぎまで」


 火を吹くのではないかと疑うほどに、紅舞の頬から耳元まで赤に染まっていき。

 唇を尖らせたと思いきや、腰に手を当てながら言う。


「そっ……そんなこと、あたしが許さないわよッ!」


「それならば、紅舞さんもご一緒されるのがよろしいですこと」


「俺抜きで話を進めないでくれるかな?」


 拗ねたように、紅舞が部屋の奥へと消えていくのを視認した暗翔は。

 相変わらず夜雪のペースについていけないのであった。

 全ての段ボールを各々割り当てられた自室に運び終えた二人。

 山積みになっていたうちの九割が、紅舞自身の荷物だったのだが。

 三人は、紅茶を前にテーブルを囲んでいた。

 

「ねぇ……そもそも引越しって、いいのかしら?」


「既に学園側への申請は通してありましてよ」


 突風のごとく仕事の早い妹に、暗翔は内心で感心する。

 パキッ、とクッキーを一口かじりると、甘い風味が鼻腔びこうを覆う。


「それで、本当の意図はなんだ。夜雪?」


 暗翔が言うと、目をこちらに向けた夜雪。


「目的は二つありましてよ。突然ですが、兄様。団体戦を組んだチームメイトは、同居することが多いそうですこと」

  

 分かりまして? と、目線だけで問うてくる。

 暗翔はコップに入った紅茶をすすって。


「考えられる可能性としては、団結力を深めるとか。あとは、作戦内容を相手側に漏れる心配のない場所が必要だからかな」


「流石は兄様でして。今言われた通りの意図が一つ。そして、もう一つが――」


「生活の共有。無駄なお金を使う必要がないってところかしら?」

 

 言葉を重ねて発した紅舞に、夜雪が小柄な手先を動かし拍手。

 

「えぇ、その方が効率化が図れますこと。そして――」


 言いながら、暗翔は反射的に一歩座っていたソファーから横へとずれる。

 続いて、夜雪がわざとらしくこちら側に身体を倒してくるのを見やった。

 パコッ、と空振り柔らかな音がクッションから鳴らされる。


「『兄様と触れ合える機会も増える』から、とかいかにも夜雪が考えそうなことだ」


「思考はバレバレでして……むうぅ」

 

 可愛くうなる夜雪に。

 紅舞は、ピンと額に指先を置いて呆れたように口を開く。


「はぁ……揃って家族二人ともに問題があるのね」


「酷いな、紅舞。夜雪は別として、俺は模範生だろ?」


「ならば、わたくしは先生ですこと。しっかりと歪みない道を歩ませてあげましてよ」


「既に外れているわよ、あなたたちの道筋」


 暗翔の片腕に、二つのマシュマロを挟み込んだ夜雪は。

 曇りのない笑顔を浮かべながら、クッキーを頬張った。




■□■□




 コソコソ、と雑談し合う話し声は、重なれば重なるほどざわめきが広がっていく。

 昼下がりの光が差す競技場に、暗翔たち一行は集まっていたのだが。

 

「……ということで、兄様のクラスに編入した夜雪と申しますこと」


「まったく……この兄弟は」


 頭痛がするかのように頭を抱え、つぶやく紅舞を他所に。

 猫先生に促され、自己紹介した夜雪が近付いてきた。

 

「どうしまして? 体調不良でも起こしましたこと? 紅舞さん――」


 言葉を言い止めた夜雪は、はっと思いついたような表情を作ったが。

 しかし、すぐさま顔に影を落として、悲痛そうに目を細めた。

 ちなみに、猫先生がまだ話している途中である。

 

「女の子の日、ですこと……それはそれは」


「誰が生理だって言うのかしら!?」


 おい、と大声を上げた紅舞に、暗翔が注意の視線を送る。

 だが、本人は気づいた素振りもなく、続けさまに言葉を発しようとしたタイミングで。

 猫先生の指摘が、場を静めた。


「授業中に、私語は聞こえない音量でお願いですにゃ」


 それから、【ギフト】を使用した実践練習が開始された。

 三人一組のペアを作り、その内一人が審判を。 

 余った二人は、【ギフト】を用いた【模擬戦闘ゲーム】を行う。

 広がっていくクラスメイトたちに続いて、暗翔たちも移動すると。


「あぁぁ……っ! もう我慢できないわッ、夜雪さん。あたしと【模擬戦闘ゲーム】しましょう?」


 閉口から一番に言葉を紡いだのは、紅舞。

 その顔には、もはや瞳に捉えるだけで分かるほどの怒り色が込められている。

 指名を受けた夜雪は、首をかしげ応えた。


「お言葉ですが。紅舞さんでは、わたくしには勝てないでして。それよりも兄様との戦闘が――」


「お、おい……そんなこと言ったら」


 火に油だぞ、と暗翔が発する前に。

 まるで、堪忍袋かんにんぶくろの緒が切れたかのように、火球が紅舞の腕から放出された。

 

「事実を申しているだけですこと。なぜそれが分からないのでして?」


 周囲の空気を焼き尽くしながら、火球は夜雪の眼前へと迫る。

 触れれば最後、一瞬にして重傷を負う一撃に。

 夜雪は、どこからか取り出した刃で一振り。

 シュッ、と吹き抜ける音が鳴るとともに、火球が真っ二つに切り裂かれる。

 標的を見失った二つの火玉は、競技場の壁に爆ぜ、瓦礫を散らばせた。


「っ……ランク五って実力は、本当のようね」


「紅舞、本気で夜雪と戦うつもりか?」


 暗翔は意思確認のつもりで話したのだが、なにを勘違いしたのか。

 眉根をピンッ、と立てた紅舞は言う。


「どちらにせよ、倒すだけなのよ! もうストレスで、胸がはちきれそうだわ」


「あら、紅舞さんのお胸はその……お世辞にも、はち切れるほどの大きさはないでしてよ?」


 もう五発、火球を振りまく紅舞に。

 夜雪は、余裕の表情で刃を滑らせ切り込んでいく。

 既に一発触発している二人の間に立った暗翔は、ため息混じりにつぶやいた。


「それじゃあ、【模擬戦闘ゲーム】の申請をしてくれ」


「負けないわよ……ッ」


「では、存分に楽しむと致しまして」


 始まりの合図が鳴ると同時に。

 地を揺らすほどの爆音が、響き渡った。

 



――――

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