二十八話 デート後

「……大体は片付いたかしら」


 紅舞が空中から迫り来る【ヴラーク】に炎を飛ばしがら、鬱陶うっとおしいように言う。

 身体が夜闇よやみをも飲み込む物質に包まれた【ヴラーク】たちは、一斉に悲鳴を上げながら消失していく。

 

「今回はかなり早く終わったな……ッ」


 屋根の式材が、きしりを上げ爆ぜる。

 宙に躍り出た暗翔の拳は、一匹の標的を狙い撃ち。

 倒したと思いきや、正面から三匹の【ヴラーク】が特攻してくる。

 いくら暗翔であれ、空を自在に飛ぶことは不可能。

 背後に回った二匹を捉えながらも、前から迫る攻撃に備えて腕をクロスする。

 

「っ……!」


 【ヴラーク】の一撃は、衝撃波を生み身体を後方に吹き飛ばす。

 後ろで待ち構えたように、二匹の【ヴラーク】が牙を剥きだし敵意を向けている。

 だが、暗翔はニッ、と僅かに笑みを浮かべると。

 飛ばされた勢いを利用して、鋭い歯先を剥く異常生命体との距離が迫ると同時。

 一匹を振り上げた蹴りで撃退すると、手で掴んだ残党を。


「仲良く倒されてくれよ」


 力一杯振り絞ったように、最初に攻撃してきた【ヴラーク】へ残党ごと投げ飛ばした。

 空気抵抗をもろともしない投げ物は、虚空に強風を巻き上がらせ。

 一瞬で、同族と接触し合い、潰れる音を鳴らす。

 地上に着地した暗翔に、紅舞が駆け寄ってきた。


「また無茶苦茶な戦い方をするわね……」


「【ギフト】で辺りを炎の海に変える誰かさんには、言われたくないけどな」


 言い返しながら、二人は宙に浮かぶ黒い球体――【ヴラーク】の出現口へと視線を向ける。

 領空を漆黒の夜に塗り潰していた物体は、徐々に規模を収縮していき。

 突如として、何事もなかったかのように、視界から消えてしまった。




■□■□




「【ギフト】って力は、ピンからキリまであるんだな」


 【ヴラーク】の襲来が終息してから満月が空にかかった頃。

 貴族の自宅並みに広々とした室内で、食卓を囲む暗翔たち一行は、食後の雑談に花を咲かせていた。

 

「急にどうしたのでして? 兄様」


「個人のランク戦を通して感じたことだな」


「暗翔が無双しているランク戦の話かしら」


 ランク一に属する暗翔は、団体だけでなく個人のランク戦にも出場していたのだが。

 相手する生徒たちが、次々と辞退してしまうという軽い出来事が起きているのだ。

 原因だけは明確であり――暗翔が恐ろしいほどに強いため、勝ちを最初から諦めている者が続出。

 おかげで、デバイス上での書き込みは、荒れに荒れている。

 

「例えば、紅舞の【ギフト】は強力だろ? でも、反対に使い物にならない【ギフト】を所有する生徒だっているわけだ」


「そもそも、我々人類が持つに相応しくない異能ですこと。それは当然の結果でしてよ」


 暗翔の腕に身体を絡み付けた夜雪が、応える。


「まぁ、【ギフト】はなにも戦うためだけにあるものじゃないわ」


 例えば、と紅舞は人差し指を上げ言った。


「物を作る能力だったり、酸素を生成する【ギフト】だってあるわよ」


「まさしく人智を超えていまして」


 夜雪のいやらしい手先が、踊るように暗翔の下半身へと伸びる。

 机の下で行なっているために、紅舞は気付く様子がない。

 パッ、と手の甲で夜雪を制すると、暗翔は腕を天井に上げ、伸びを行う。

 残念そうな表情を浮かべる夜雪を見やりながら、席を立った。


「今日は俺からシャワーを浴びていいか? 【ヴラーク】の戦闘で汗をかいたんだ」


「それは兄様の汗……ごくりっ」


「なに飲みたそうにしているのよッ」


「血の繋がりのない妹でも、その発言には流石に低くぞ」


 夜雪の上目遣いの視線をスルーして、暗翔はシャワー室へと向かった。

 脱衣所で全身にまとっている布を置き、バスルームに入るとともに鍵を掛ける。

 

「夜雪が襲ってくるかもしれないからな……」


 冗談抜きで、と心の中で付け加える。

 シャーッ、と溢れ出てくる数十度の湯。

 身体を預け汚れを落とす最中に、今日一日の回想が脳裏に再生される。


「……楽しかった、か」


 調子に乗って誘ったデートではあったが、結果的には充実したなと思えた。

 人工島――いつまで滞在するかは不明だが、少なくとも居心地は悪くない。


「……ん?」


 身体が程よく赤らめ、頭もふらつき始めたため、風呂場を後にしようとしたその矢先。

 暗翔は、微かに眉根を寄せながら、モザイクのかかったガラスに視線を注視する。

 ガサガサッ、と脱衣所の方で物音がしたような」

 

「おい……まさか変態がこの家に二人も居るとは思わなかったぞ」


「ッ……く、暗翔っ!?」


 部屋を隔てる扉を開けると、朱色に髪を染めた変態が目を見開いてこちらに振り向く。

 暗翔が視線を動かすと、変態の手先には先程脱いだばかりの下着が。

 無論、散らかったパンツやらシャツを手に持って。


「もしかして、変態ってのは伝染するのか……?」

 

 人類史上最大にくだらない仮説を唱える暗翔に、しかし紅舞は表情を固めたまま。


「その、暗翔……これは誤解。そっ、そう。誤解よ……!」


「警察は目の前の事実を取り扱うんだぞ?」


 はぁ、と暗翔は肩をすくめながらため息を吐く。

 しかし、肝心の紅舞はというと、すぐさまパンツ手にとり、身体の後ろに回した。

 果たして、隠したつもりなのだろうか。

 暗翔は腰に手を当てると同時に、とあることに気が付いた。

 

「あれ……?」


 パンツは紅舞の手に。

 加えて、自らはバスルームから出てきたばかり。

 暗翔の視線は、徐々に自身の下半身へと降っていく。

 

「へ、変態はどっちよ……ッ!」


 風呂場の蒸気に当てられたのか、頬を真っ赤に染めた紅舞。

 叫びながら、脱衣所から走り去って行った。


「……いや、俺のパンツは?」

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