第16話 過去と英雄と

 騎士たちはこの城に常駐し、寝食を共にしていた。休暇を取ることもままならない状況で、王都に残してきた家族や友人とは一度も顔を合わせていない者ばかり。

 このことを悲観している者たちを横目に、ウルはここでの生活を楽しんでいた。

 両親は早くに死んだ。ウルの出身は南部にある小さな町だった。今は戦禍に飲まれ、見る影もない。ウルはその町の唯一の生き残りだった。両親が地面に掘られた穴にこっそり隠してくれたため、生き延びることができたのだ。

 けれど、当時はどうして一緒に死なせてくれなかったのかと、両親を恨んだものである。戦争孤児は、幸せにはなれない。騎士団に救われたウルは、王都に連れてこられた後、戦争孤児院に入れられた。

 そこはまるで地獄のような場所だった。両親を失った子どもたちは、病み、他者への配慮の欠片もなかったのだ。年上の者からの折檻や、略奪。弱き者は虐げられる世界だったのだ。それを見守る大人たちは、なにも言わなかった。

 ——偽善者。

 世間からは、戦争孤児を世話する崇高なる人物であると称えられていても、その裏では子どもたちを放任し、劣悪な環境に陥れる悪魔みたいな存在だったのだ。

 戦争孤児への寄付は、みなその者たちの懐に入るだけ。ウルたちのところに回ってくるのは、腐りかけた食事が少し。病気になり、死んでいった仲間も大勢いた。

 だがしかし。ウルはそこで生き延びた。別に生への執着があったわけではない。ただ一人。ウルを大事に思ってくれる友人ができたから。彼は今、ここで生きていられる。

(人は人に必要とされて、生きていける。おれはそれを学んだ)

 パンとスープを口にしながら、ウルはポコタのことを思った。

(どこをどうやって、ここに流れついたのか。ポコタのやつも苦労してきたに違いない)

 先ほど、フェンリルがみんなを前にしてこう言った。

獣人けものじんは奇異な目で見られ、見つかれば保護機関に収容されてしまう。ポコタは記憶を失っている。ポコタの素性がわかるまではここで預かることにしたので、くれぐれも口外はせぬよう」と。

 ここにいる騎士たちは、そのほとんどが、フェンリルが指揮する南部戦線にいた。彼とともに死線を潜り抜けてきた者たちばかりだったのだ。だから、みんながフェンリルを信頼していた。彼の決定に異論を唱える者などいるはずもなかった。

(我らが師団長は、それだけ、いい男だって話。あの裏切り者とは違う)

 ここには部外者が一人いる。それは事務官のコルヴィスだ。彼はシャウラが自分たちを見張るために送り込んだ間者だ。騎士たちは、誰一人として、コルヴィスを相手にはしない。

 その一人だ。ずっと一人でいたウルが初めて得た、信頼できる仲間たちを監視する男だ。トリエノには「相手にするな」とたしなめられるが、ウルはそれでもコルヴィスが嫌いだった。

 トルエノは英雄と呼ばれた男だ。ノウェンベルクが歴代の王の中でも、最長の在位期間を持つことができたのは、彼の尽力があったからこそ、といわれてるくらいだ。

 そんな彼もまた、ノウェンベルクが逝去した後、ここに飛ばされた。

(師団長もそんなもんか)

 フェンリルもそうだ。南部戦線の指揮を執るくらい活躍をしていたというのに。

 目の前で静かに食事をしていたトルエノがウルを見た。

「にやついて、気味が悪い」

「そうか? 楽しい過去を思い出していた」

「食事中だぞ」

「いいじゃないか。今日は久しぶりにゆっくりと眠れるんだ。そう思うと嬉しいな」

 トルエノは肩をすくめた。

「じいさんも、年なんだから。無茶しちゃいけないよ」

「年寄扱いするでない」

 トルエノは不満を漏らすが、嫌な顔はしていなかった。

「それより。師団長は、やけにポコタがお気に入りのようだけど」

「哀れに思っているのだろう。濁流の中、よほどひどい思いをしたに違いない。師団長は心が優しい方だからな」

「その優しさが師団長を不幸にしているんだろう?」

 トルエノは「口を慎め」と睨んだ。

「悪い意味じゃないって。ほめているんだろう?」

「お前は口が悪すぎる。だから孤児院育ちって陰口を叩かれるんだ」

「陰口? 別にいいけど。本当のことだもの」

 両手を頭の後ろで組んだウルを見て、トルエノは笑った。

「まったく。お前って奴は」

「だって、本当のことだからな。それよりも、師団長はポコタをどうするつもりなんだか。いつまでも隠しおおせるものでもないだろう? コルヴィスが告げ口するのも時間の問題だ。そうしたら、あっという間に保護機関に連れていかれちまう。昨日の夜の狼たちと一緒に暮らした方がマシだよ。保護機関は孤児院よりも地獄だって話だからな」

「まあな。しかし、どうすることもできんだろう。昨晩、出くわした奴は、かなり凶悪な獣人けものじんだったぞ。そんな奴らのところに、ポコタをやるのは逆にかわいそうだ。それこそ、餌食にされてしまうだろうよ。となると、ここで師団長が囲っておくしかなかろうな」

 ウルは「あーあ」と椅子に背を預けた。

「ミーミルに連絡取ってみるか」

「師団長の弟か」

「そうだよ。あいつなら、なんとかしてくれるかもしれない。獣人たちの研究ばっかりしている奴だから。なにかいい案があるかもしれない」

 トルエノは頷いた。

「この件は、耳に入れば同罪。お前はそれでいいのか? ミーミルはお前の大事な友人なのだろう? 巻き込むつもりか」

 ウルはからだを前かがみにすると、トルエノに小さい声で言った。

「獣人を捕まえたってこと。秘密にしておいたほうが怒られる」

「そうか。ならいい。お前たちの間には信頼という絆があるらしい」

「そういうこと」

 ウルは片目を瞑って見せると、「ごちそうさまでした」と両手をパチンと合わせると、食べ終わった食器を持ち上げて歩き出した。

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