第37話 お手柄ミーミル



 ランブロスの書斎には、トルエノ、ウル、コルヴィスがいた。さらに魔鳥に乗って現れた男、フェンリルの弟であるミーミルの姿もある。彼はユリウスを見るや否や、転がるように駆け寄ってきた。

「わあ、すごい! すごい!」

 彼は何度もそう叫ぶと、ユリウスの周りを飛び跳ねて回る。どうしたものかと困惑していると、ランブロスが咳払いをした。ミーミルはそこで我に返ったのか、「これは失礼しましたー」と笑った。フェンリルとは兄弟だというが、どうやら、真逆な属性であると、ユリウスは思った。

 ランブロスはミーミルに王都を追われ、ウルに助けられた顛末について語るように促した。ミーミルはシャウラたちから聞いた話を語った。

 わかっていたこととはいえ、こうして改めて聞くとショックだった。

「今の王宮は腐りきっている。しかし、キミはよくそんな場所で過ごしていたものだ」

 ランブロスはミーミルを見る。するとウルが「単純なんっすよ」と笑った。

「こいつは、昔から勉強バカで、利害関係なんて興味がないんです。だから、すぐに騙されて。そしていいように使われる。今回もそうだもんな。お前」

「そうそう。ウルがいっつも助けてくれる」

「いつもこうはいかないんだからな。今回は師団長が気をまわして、おれを派遣してくれたからよかったものの」

「そうだね。兄さんはそういうところ、抜け目ない」

「抜け目ないという言い方は悪口だ」

 トルエノも呆れたように笑った。

 一頻り笑った後、ランブロスはユリウスに、自分の身に起きたことを話すように促した。ユリウスは彼の後ろに控えているコルヴィスを見る。彼は確かシャウラに通じていると聞いている。ユリウスの警戒の意味に気がついたのか。ランブロスはコルヴィスを見た。

「シャウラはなんとか理由をつけて、我々を亡き者にしたかったようですが、それは無茶な話。さすがに王宮内での反発が出るのは必須。追放という形をとったのです。しかし、それでも我々のことを恐れていたのでしょう。観察者という立場のコルヴィスをここに送り込んできた」

 コルヴィスはそれを受けて、しっかりと頷いて見せる。

「確かに。私はシャウラ様に命じられ、この城の様子を逐一報告するように言われてきました。しかし……」

「気持ちが変わったとでもいうのか?」

 ユリウスの問いに、彼は弱ったように表情を緩めた。

「私がシャウラ様から遣わされた監視役ということを知ってなお、態度が変わらないランブロス候や、フェンリル様たちには感謝をしていたところでしたが。私が、私の信念を貫こうと思ったのは、ポコタ……。いえ。ユリウス様。あなたです」

「私が?」

 ユリウスは目を丸くした。しかし、コルヴィスは頭を下げた。

「ここにいる獣人けものじんの長に襲われそうになった時。あなた様は身を挺してお守りくださいました。たかが地方の事務官です。私の命など、どうでもいいものであるというのに」

「どうでもよくなどないぞ」

 ユリウスはむっとして口を挟んだ。

「命はどれも尊い。身分で重さが変わることなどないのだ。コルヴィス」

「ユリウス様……」

 コルヴィスの目にじんわりと涙が浮かんだ。ランブロスは笑う。

「まったく。その甘さ。下々の者の命まで救おうとしていたのでは、いくら命があっても足りませんぞ」

 ユリウスは俯くと、ランブロスは「さて」と声色を変えた。

「コルヴィスの件も解決です。さあ、ここにいるのはあなたを支持する者ばかりです。殿下。いったい、貴方になにがあったのか。お話いただけますか」

 そこのいるみんなが、ユリウスを見ていた。ユリウスは軽く息を吐くと「わかった」と目を閉じた。

「様子がおかしくなったのは、王に就任して一年くらいのことだった。からだが重く、思うように動けなくなった。私の周囲からは、私の信頼している者たちの姿も消えていった。あれから二年。私はずっと寝床で横たわる日々を続けていた。ところが、どうだ。ある日。目が覚めたら、からだの自由が利くようになった。私は警備兵たちの目を盗み、母の残した実を食べ、川に身を投げた。それだけの話だ」

 ユリウスの説明に、ミーミルは顎に手を当てた。

「王が口にできる薬は、研究所でしか調合できない。シャウラの命を受け、カロス所長が毒を調合していたのだと思います。薬草管理はカロス所長直属の研究員たちがやっていますからね」

 ミーミルは今度は両腕を組んで唸った。

「先日。その薬草管理の者が不在だった時、在庫調べをしたところ、薬草が一つ、毒薬にすり替わっていたんですよ」

「毒薬だって?」

 トルエノは声を上げた。

「そうなんですよ」とミーミルは嬉しそうに両手を叩いた。

「僕が見つけた! 僕が正しい薬草に戻した。だから王様は元気になった!」

 彼は厚い瓶底のような眼鏡を光らせて笑った。まるで無邪気な子どもだった。




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