第38話 共闘
ウルは「でかしたぞ」とミーミルの背中をバシバシと叩いた。彼は目をキラキラとさせて満面の笑みを浮かべている。ユリウスは笑ってしまった。それから、ミーミルに感謝の言葉を述べた。
「そうか。あの時、正気に戻れたのはお前のおかげか。フェンリルの弟よ。感謝する」
ミーミルは「いやあ、それほどでも」と頭をかいた。両腕を組んで黙っていたトルエノが皮肉を込めた口調で言った。
「シャウラは、優秀で使い物になると囲っておいた犬に手をかまれた、というところだな」
ミーミルは「私は犬ではありませんよ」と反論する。どうやら冗談は通じない男のようだ。
「トルエノの言っていることはたとえ話だよ。ミーミル」
ランブロスは笑って見せるが、すぐに表情を引き締めたかと思うと、ユリウスに向き合った。
「こんなに辛い思いをされていたというのに。私は気がつかなかった……。殿下をお助けできずに申し訳ありませんでした」
彼は静かに頭を下げる。ユリウスは首を横に振った。
「私は愚かだったのです。父が死んでから、私を支えようとしてくれた人々よりも、シャウラの言葉を信じてしまった。それがすべての誤りの元なのです」
「前王の死は、あまりにも突然のことでした。まだ王とはなんたるか、を学んでいる途中での就任。時期が悪かったのです。しかし、すべてシャウラが仕組んだこと。ノウェンベルクの死にシャウラが関わっていることは間違いのない事実なのです」
彼の目は嘘偽りが感じられなかった。
「やはり、父は暗殺。そして、その犯人はシャウラ——」
「確証はつかめません。ですが、それ以外にはない。奴は自分の犯した罪を我々に擦り付け、そして追放したのです」
そこにいた全員——ミーミルは除く——が、殺気立つのが感じられた。ここにいる者たちはみな、シャウラに憎しみを抱いている。
「あれ? なに? どうしたの?」
ミーミルだけがきょとんとして周囲をうかがっていると、ふと黙って聞いていたオルトロスが大きなため息を吐いた。
「しかし、人間って奴は、くだらないことに時間をかけるものだな」
「くだらないだと?」
トルエノはオルトロスをにらみつけた。しかし、彼はそんなものは関係ないとばかりに続ける。
「だから、おれたちは人間には関わりたくないんだ。そっとしておいてくれれば、おとなしくしている。互いに干渉しないというルールがあれば、幸せなのだが」
ユリウスはオルトロスを見る。
「そう言ってもいられまい。お前たちの存在は明るみになった」
「また見つからない場所でも探すしかないだろう。モストロの森は人間が足を踏み入れないいい住処だったが。ここのところ、北が騒がしいからな。そろそろ潮時なのかもしれないと思っていたところだ」
「北が騒がしいだと?」
ユリウスの問いに、オルトロスは「そうだ」と答えた。
「魔族たちが南に逃げてきている。どうやら、北で森を切り開いている奴らがいるみたいだ」
そこでミーミルが口をはさむ。
「シャウラだ」
「どういうことだ?」
ランブロスが鋭い声を上げた。ミーミルは珍しく険しい表情を見せ、低い声で言った。
「シャウラは北の国と内々に手を結んでいる。この国を売る気だ」
「なんと……」
「やつは王にでもなるつもりか」
トルエノは両腕を組んで唸る。ミーミルは「わからないけど」と言葉を切った。
「多分、そうだよ。兄さんたちは優秀な騎士団だから。魔物たちが恐れをなして人間に近づかなくなっている。それを逆手にとって、森に紛れ込ませて、北の国からの軍勢をこの国に招き入れるつもりだ」
「王宮は南部との闘いに気を取られている。その隙に、北部の国が入り込んでもおかしくないな」
ランブロスは眉間にしわを寄せた。
ユリウスは「そんなことはさせない」と、首を横に振った。ミーミルは「どうするんですか」と声を上げた。ユリウスは、それには答えずにランブロスを見る。
「北部の国の侵入をここで阻止する」
「我々だけで?」
「そうだ。お前たちも手伝え」
ユリウスがオルトロスに視線をやると、彼は「なんでだよ」と声を上げた。
「おれたちには関係ない話だろう」
「そうか? お前たちの安寧の地は北部の軍隊に蹂躙される。それでもいいか。子が生まれるのだろう?」
「そ、それはそうだけど。別にどこかに逃げ延びたってかまわねえ」
「この極寒の地で、身重のご婦人を連れまわすつもりか」
「それは……」
オルトロスは「ち」と舌打ちをした。
ユリウスは立ち上がった。
「本来であれば、国を挙げ、私がこの地を守らなくてはいけない。しかし、今の私にはそんな力はない。王とは名ばかりで、なんと情けないことか。こうなったのも、すべて私が愚かな王であったからだ。すべてが終わったら、私はどんな罰でも受ける覚悟がある。だがしかし。今は私の処遇よりも、この地をどう守っていくかを考えるべきだと思うのだ」
ユリウスの言葉に、そこにいる者たちは黙っていた。ユリウスはそれでも一人ひとりの顔を見つめ、言葉を続けた。
「敵の戦力はわからないが、不利な状況であるということは間違いない。しかし、ここには優秀な騎士たちがいる。そして
ユリウスはみんなに頭を下げた。トルエノは静かに目を閉じている。ウルとミーミルは顔を見合わせた。ランブロスは大きくため息を吐く。
「どちらにせよ、北部の国々が攻め入れば、この地域が最初の犠牲になることは間違いない。我々には選択の余地はありませんよ。そうだろう? トルエノ」
ランブロスの問いに、トルエノは目を見開いた。
「やれやれ。老体に鞭打って働けというのか。戦場は引退したのだがね。ランブロス侯。しかし、今はそんな悠長なことを言ってもいられまい。軍隊を素通りさせるなど、私の流儀に反する行為。ここはひとつ、受けて立とうではないか。なあ、ウルよ」
「ちぇ。仕方ないな。この国は好きだ。この国が他国に支配されるなんて、見ちゃいられないからね。おれにできることがあるなら、やってやろうじゃないか」
ウルは、ミーミルを見た。彼も頷く。コルヴィスも小さく頷いて見せた。ランブロスは全員の意志を確認したことで満足したように笑みを見せた。
「この城は要塞だ。敵を迎え撃つにはもってこいの場所です。町民たちも、戦争慣れした奴らばかりです。女子供も力になる」
「そうか。頼もしいな。——オロトロス。お前はどうする」
ユリウスの視線を受け、彼は挑むように目をぎらつかせた。
「血の気の多い奴らばっかりだぜ。二つ約束しろ。戦闘中、女子供を守ってくれ。もう一つは、戦いが終わったら、おれたちをそっとしておいてくれ。それを守るっていうなら、協力してやってもいい」
「ああ、約束しよう」
ランブロスの答えに、オルトロスは両手を打ち鳴らした。
「そうと決まれば、おれは戻るぜ。みんなに話をしてくる。いいだろう?」
「ああ。わかった。北軍を偵察する必要がある。詳細が決まったら知らせる」
「わかったよ」
オルトロスは舌なめずりをすると、執務室の窓を開いた。
「おい、ここは塔の上だぞ……」
コルヴィスの制止も聞かず、オルトロスは窓から飛び出す。彼はあっという間に塔の斜面を伝って森に姿を消した。
トルエノは「偵察隊を組織します」と言って、ウルの首根っこを捕まえると、書斎を後にした。
タヌキのポコタは、追放騎士に溺愛される~本当は王様です~(仮) 雪うさこ @yuki_usako
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