第25話 森の奥と暮らし



 目の前を行進している町民たちを、フェンリルは静かに見守っていた。城に集合したときには、怒りに駆られていた集団であるが、こうして雪原を歩いていくうちに、冷静さを取り戻す者もいるようだ。まるで遊びにでも行くかのように、雑談をしている者たちさえ見受けられる。

 そもそも、北部に住む住民たちはさまざまなものに寛容だ。王都を追われるようにしてこの地にやってきたフェンリルたちのことですら、歓迎してくれているのだ。自分たちに不利益さえなければ、相手が獣人けものじんであろうと、魔物であろうと、彼らはとやかくは言わないのではないか。

 ただ今回は、仲間が負傷させられた。だから黙っていられない。そういうところだろう。

 手綱を握り、ゆっくりと前進していくと、不意に隣を進む町長が、「なあ、師団長さん」と声を上げた。

「獣人はどうして、町にやってくると思う?」

 フェンリルは馬上にいる、自分よりも年配の町長に視線を向けた。

「彼らはどこにいても追われる身。森の中にひっそりと身を隠して暮らしているのかもしれない。生活をすれば、困ることも出てくる。町には、暮らしに必要なものを調達するためにやってくるのかもしれない」

(ユリウス様はそう言っていた。彼らは、防衛のために人間を襲っていると)

 フェンリルの脳裏には、ユリウスの「対話をしろ」という声が何度も繰り返し響いている。

(おれだって、できることなら平和的に解決したい。ランブロス候が不在の今、事を荒立て、町民に怪我でもさせたら、それこそ問題だ)

 町長は「そうだよなあ」と呟いた。

「おれたちは、昔から、いろいろな種族と共存の道を選ぼうと努力してきた。獣人ともそうなれるだろうか?」

「私にはなんとも言えないが……。けれど、話をしてみる価値はあるのかもしれない。駆逐するのか、共存を選ぶのか。それから決めても遅くはないだろう」

「言葉がわかるだろうか」

「魔物ですら、我々の言葉に耳を傾けようとする変わった奴がいるくらいだ。獣人ならば、きっとわかってくれる」

 町長は小さく頷く。それから、目の前を歩く集団に視線を戻した。

「やってみよう」

「貴方の仕事だ。我々は貴方たちが安全に対話ができるよう努力をする」

「頼んだぞ。師団長殿」

 フェンリルは口元を緩めて、視線を伏せた。その時、先行していたトルエノ隊の一人がフェンリルのところに駆け戻ってきた。

「ありました。この先に、集落のようなものがあります。家屋が数軒、確認できました」

「わかった」

 フェンリルは町長に待機するように指示をすると、馬の手綱を引き、一気に先頭まで駆けていった。

 先行隊のトルエノは、馬から降り、木々の間から様子をうかがっているところだった。

「師団長」

「どうだ。様子は」

「女子供がいるようです」

 フェンリルはトルエノの隣から、同様に集落をうかがった。そこは、木々が切り倒され、広場のように拓かれた場所だった。明るい陽射しを浴び、雪が宝石のように煌めく。その中を、ふかふかの耳としっぽを生やした子供たちが笑い声をあげながら走り回る。そばには、数名の獣人の女が談笑している姿も見られた。

「これは、獣人の村、ってところですな」

「こんな場所があったとは」

 他の騎士たちも困惑した表情を浮かべていた。

「あの狼は、これを守りたかったのだろう」

 フェンリルの言葉に、トルエノは表情を曇らせた。

「侵略者……脅威を与えているのは、我々ってとこですな」

「そういうこと、だな」

 待機しているように、と伝えたはずだったが、町長たちもその場にやってきた。

「待っていろと言ったが」

 フェンリルは難色を示す。しかし、町長は首を横に振った。

「いいえ。私たちも知るべきだ。……ああ、そういうことか」

「そうだ」

「……話がしたい」

 彼はそう言った。

「王妃様が亡くなり、山の民も人里には姿を見せなくなった。獣人たちと対話する者は絶えたのだ。けれど、私たちは、その意思を継いでいく義務がある」

 フェンリルはしばらく町長の真意を推し量るように、彼の瞳を見つめた。後ろにいた町民たちも、いつの間にか憎悪の念は消え、困惑したように言葉を交わす。その中から、洋服店の妻が姿を現した。

「主人は命を取り留めました。まだ意識は戻らないけれど。自分のことで、諍い事が起きるのは望んでいないと思うのです。ここで、あの子たちを手にかけるようなことになったら。私たちのほうが悪魔みたいだわ」

 彼女は目を細めて、獣人の子どもたちを見ていた。子どもらしい甲高い声で、笑いあい、そしてふざけあっている子どもには罪はない。フェンリルも同感だった。

「あの狼と話しをしよう。それが一番だ」

 町長は振り返ると、そこにいた町民たちに語りかけた。その間、フェンリルとトルエノは視線を交わすと、静かに獣人たちの集落へと入っていった。

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