第24話 真相と魔鳥
シャウラは哀れみの色を含んだその瞳でミーミルを見下ろしていた。彼の後ろには、騎士団長のオリエンスがいる。カロスは慌てたように二人に対し、「ありがとうございます」と頭を下げて見せた。
ミーミルはそこで知った。自分は騙されていたのだと。カロスは王のためを思っていたのではない。すべてシャウラの差し金だったということだ。ミーミルはシャウラを睨み返した。
「フェンリルにそっくりよ。その目。私に反抗的だった。あの忌々しい男の血がお前にも流れているようだ」
「兄は、僕と違って礼儀知らずではありませんよ」
「そうか? 従順な犬であったなら、あんな辺鄙な場所になどおらぬ」
シャウラはニヤニヤと笑みを浮かべながら、ミーミルを足先から頭のてっぺんまで眺めまわした。まるで蛇みたいにねっとりとした視線に、ミーミルの背筋に冷たい汗が流れた。
「お前にとったら、残念無念な結末かも知れぬが。お前は、このおれのために、いい仕事をしてくれた。ユリウスが口にした実の正体を見事突き止めたとは。優秀な人材だ。失うのは惜しいものよ」
ミーミルは唇を噛む。
「王をどこにやったのですか。まさか、殺したのでは……」
「なにを。物騒なことを軽々しく言葉にするものではないぞ。ミーミル」
シャウラはオリエンスに目配せをした。彼は腰に下げていた剣に手をかけた。
「いい仕事をしてくれたからな。冥途の土産に教えてやろう」
シャウラはゆったりとした動きで、室内を巡った。ミーミルは彼から一瞬も視線を外さずに見ていた。
「カロスに指示し薬を盛った。殺さぬ程度に。少しずつだ。ユリウスは、おとなしく寝ていてくれた。なんの問題もなかったのだ。しかし。なぜか、あの嵐の夜。突然、正気を取り戻してな。衛兵の目を盗み、寝室を抜け出した」
(王の体調を回復しようと処方されていた薬は、王を弱らせる毒物だったのか)
ミーミルは、はったとした。先日、薬草庫の管理をしている者が体調不良だった際、自分が在庫を確認したところ、ある薬草が似通った毒物になっていたことを発見したのだ。
二つの薬草は見た目が似ており、専門家でも見間違うことが多い。そのため、特に注意して選別をしていたはずだというのに。
(あれは誤りではなかったのだ。カロス所長が、意図的にすり替えていたということか)
ユリウスが意識を取り戻したのは、もしかしたらミーミルが正しい薬草に入れ替えた影響かもしれない。ミーミルは唇を噛みしめた。
ユリウスの健康のことを考えれば、正しいことをしたのだ。しかし。それをしなければ、ユリウスは危険な目に合わずに、今でも寝室で横たわっていられたのかもしれない。どちらがいいのか、ミーミルには判断がつかなかった。
(これで王が命を落とすようなことになっていたら。僕のせいだ。みんな僕の……)
しかし。ミーミルは首を横に振る。
(けど、だからと言って、毒を盛られ続けるのだってよくはないはず。僕じゃない。悪いのはシャウラと所長)
ミーミルは気を取り直して、カロスを見つめた。
「所長……。貴方という人は。尊敬していました。それなのに」
「シャウラ様は、我々が存分に研究できる資金を提供してくれているのだ。協力するのが義務というものであろう? かくいうお前もその恩恵にあやかってきたのだからな」
「だからと言って、王に毒を盛るなど……。国を裏切る大罪ですよ」
「勘違いをするな。毒ではない。薬だ」
シャウラのゆっくりとした低い声が響く。ミーミルは肩を震わせて黙り込んだ。この男は、人を威圧するなにかがある。
(これが『死』か。生ある者が死に直面した時の感覚。死とはどんなものなのだろう。命が終わる瞬間。人はなにを見るのだろうか)
死に対する恐怖。しかし、ミーミルの頭の中はそれを上回る好奇心がわいている。
(変なの。死んでしまったら終わりなのに。僕は、その瞬間に限りなく興味がある)
恐怖か好奇心か。ミーミルの心は大きく揺れていた。そんな彼の心中など察するはずもなく。シャウラは言葉を続けた。
「病弱な王を治療してさしあげようと、薬を調合していた。それだけの話だ。まあ、お前の命は今、ここで終わる。どうでもいい話だがな。さて。最後に言い残すことはあるか? フェンリルの弟よ」
「——」
「安心しろ。北部は、もうすぐ戦場になる。フェンリルもその戦禍に巻き込まれ、すぐにお前の後を追うことになるだろう」
「北部が戦場になる?」
シャウラは口元を上げる。
「フェンリルたちは優秀だ。魔物たちを大人しくしてくれているおかげで、我々の国も安寧を得ているが、それは北方の国々も同じこと」
ミーミルは驚いて息を飲んだ。
「国を売る気か?」
「売るのではない。手を結んだ。この国は、周囲から見れば楽園だ。豊富は資源、豊富な農作物、そして平和ボケした国民たち。喉から手が出るほど欲しいのだ。南部戦線を勝ち取るためにも、我々には友好国が必要だ」
「条件はなんだ。お前が王にでもなるつもりか」
シャウラはただ笑った。
「さて、お前は知りすぎた。もったいなが、優秀すぎる男は、この国にはいらん。やれ」
シャウラは、後ろに控えていたオリエンスに目配せをした。彼は腰にぶら下げていた大剣を引き抜くと、一気にミーミルの目の前まで迫る。彼には戦う術はない。
(もっと早く気がつくべきだった。そして兄さんに、知らせるべきだったんだ)
後悔しても遅い。色々なことが走馬灯のように、頭の中を駆け巡る。
(ああ、ウル。死ぬ前に、もう一度だけ会いたかったな。僕の親友……)
ミーミルは観念し目を瞑った。シャウラの剣が自分を一刀両断する。その時、痛みは感じるのだろうか?
しかし、ギンと耳を劈くような音が響いたかと思うと、「ぐぬ」と、低い唸り声が聞こえた。
ミーミルはそろそろと目を開けた。すると、窓の外から自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。ミーミルは弾かれたように、ユリウスが落ちたと思われる窓のところに駆け寄り、外に身を乗り出す。
「ミーミル!」
そこには、七色の光を帯びた魔鳥に跨ったウルの姿が見えた。
「逃がすか。なにをしている! オリエンス! カロス」
シャウラの声に、再び室内に視線を戻す。オリエンスの右手首には、ウルの放った矢が突き刺さっていた。彼は苦悶の表情を浮かべるが、さすが強靭なる騎士だ。おろおろとしているカロスを押し退けると、大剣を手に再びミーミルに襲い掛かってきた。
「ミーミル。受け止める。飛び降りろ!」
そこでやっと我に返ったのか、カロスが口元に人差し指を当てる。魔法を使う時のポーズだ。
「やばい!」
ミーミルは迷うことなく、ユリウスが飛び降りた窓から、自分も身を投げだした。その瞬間、窓からは青色の炎が放たれる。
「おい、貴様! 邪魔をするな!」
「私だってやれる!」
「なにをしている! お前たちは!!」
室内からはオリエンスとカロスが争っている声が聞こえてきた。
「ミーミル」
魔鳥は大きく旋回すると、落下していくミーミルを川面ぎりぎりのところで受け止めた。魔鳥の羽ばたきで、水しぶきが上がった。
窓からはシャウラが口惜しそうに顔を出していた。それから、なにやらカロスに指示をしている。
「魔法省の奴らが出てくるぞ。その前に一気に逃げる。しっかり捕まっておけ。振り落とされる」
「わかった」
ミーミルはウルの背中にしがみつく。怖かったのだろう。ウルを掴む指先は、小刻みに震えていた。
「頑張ったな。お前」
ウルの優しい声が聞こえる。
「なんで、ウルがここに?」
「師団長が。お前に手紙を送ったのに返事がないって、心配していたんだ。それで、おれだけ単独で様子を見に来たんだ。研究所に行ったら、王宮のほうに行ったって聞いたもんだから。心配になってさ。窓辺に出てきてくれてよかったぜ」
「うう」
ミーミルの目から涙がこぼれた。
「泣くんじゃねーよ。男だろう?」
「男だって、泣きたいときはあるんだよう」
「そっか。……ま、いっか」
ウルはそれっきり黙り込んだ。ミーミルはいつまでも彼の背中に縋りついて泣いた。
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