第23話 実の正体とあの夜の出来事

(あの破片から、複数の植物の素材が検出された。あれは、人が意図的に作り出したもの)

 破片を成す植物の解析は終わった。どれもこれも王都周囲には存在しない、寒冷地帯に生息しているものばかりだった。

 ミーミルは解析した植物の名を記した紙を抱え、カロスのところへと向かった。カロスの専門は魔法薬だ。彼ならなにかわかるかもしれない。

 カロスの研究室に顔を出すと、彼は笑顔を見せた。

「なにかわかったか」

「解析が終わりました。これです」

 カロスは、ミーミルから受け取った紙をざっと眺めると、白いひげを撫でた。

「ふうむ」

「魔法薬に使われる植物が混ざっています。これらの植物から想定される魔法薬、なにかありますか」

 カロスは「変化——」と呟く。

「変化? 変化の効果をもたらす魔法薬? というと、姿かたちを変えるというものですか」

「そうだ」

「姿を変える……。賊が侵入し、王を連れ去る際に王のお姿を変えた。ということでしょうか。小さくすることができれば、こっそりと連れ去れますが」

「王の寝室前には、衛兵たちが寝ずに番をしているのだが、あの夜は、体調不良の者が出て、交代に手間取ったらしい。その間に、王は寝室から消えたのだ」

「しかし、破片が落ちていたのは執務室か。寝室から王を連れ出して、執務室に連れていく理由が見当たりませんね。うーん。説明がうまくいかないな」

 カロスは眉間にしわを寄せ腕組みをしていた。そんなことはお構いなしで、ミーミルは続ける。

「どう連れ去ったかは別として。賊が侵入し、連れ去ったとすれば、納得がいかないことがあります。王を連れ去り、殺害、もしくは監禁しているのであれば、賊はなんらかの連絡をよこすはずですよ。ただ王を連れ去るだけなんて意味のない行為です。普通は王を餌にして、自分たちが有利になる要求をするはずなんですから。賊からは、なんの連絡もないんですよね?」

 ミーミルは真剣なまなざしでカロスを見つめた。彼は肩をすくめると、「まったく。好奇心旺盛なことは時に裏目にでるな」とため息を吐いた。

「ミーミル! 私が知りたいのは実の正体だ。王失踪事件の真相ではない」

「確かに! そうでした。これは失礼いたしました」

 ミーミルは舌をぺろりと出すと、話を元に戻した。

「実の出どころは見当がついております。この植物は寒冷地に生息しているものばかりです。これはもしかしたら、山の民が関わっているのかもしれません。確か、前正妃様は山の民の出でしたね」

「山の民、だと? 確かに。ノウェンベルク様が北部の視察に行った際、魔物に襲われ、お命を落としかけたところを救ったのが前正妃様だった」

「山の民は我々が使う魔法とは、少し違った機序の術を使います。僕は学生時代に一度、山の民たちと交流をしていて、その術を見せてもらいました」

(彼らの力の源は自然。山の神、水の神、森の木々たちの神。そして、獣たち。自然に存在する大いなる力をあがめ、そして自らの力にする魔術)

 ミーミルたちが調査に入った際、山の民たちは、なかなかその力を見せてはくれなかった。ミーミルたちは、しばらくの間、彼らと寝食を共にし、彼らの手伝いをした。時間をかけて信頼関係を築き上げたとき。初めて彼らはその力を見せてくれた。

(そういえば、あの時。秘儀が記されている書物を見せてもらった。山の民の中でも、ごく一部の者だけが知っているという魔術。それが秘儀)

 ミーミルはカロスの手にある紙をぼんやりと眺めていた。この植物たちが成す効果は変化。変化を促すもの。

(確か。秘儀の中にそんなものがあったのではないか?)

 ミーミルの記憶の底にチキリと光るものがある。ミーミルは記憶の海に潜り込み、それに手を伸ばした。その瞬間。目の前でチカチカと火花が飛び散った。

「いや、ちょっと待てよ。あれあれ?」

 ミーミルは頭をかきむしった。彼の変化に驚いているのか。カロスは口をぽかんと開いていた。

(獣たち。そうだ。山の民たちは、獣の力を利用する術を身に着けていた。秘儀書の中にあった。あれは——)

「獣の実だ!」

「獣の実、だと?」

 カロスは息を飲んだ。ミーミルは小さく頷いた。

「なんで思いつかなかったんだろう。ああ、この破片は、人を獣人けものじんへと変える実の一部です。王は獣人の姿になっている可能性が高い! だから見つからないのではないでしょうか」

「人間を、獣人に変える実……? そんなことが可能だというのか。王は獣人になっていると?」

「僕も実際にその実を食べた人を見たことはありません。けれど、僕は見ました。確かに、この目で。獣人になる実は確かにある。王は、獣人になっているに違いありません」

「なんと……」

 カロスは視線をさまよわせた。

「ということは、我々は、王の幻影を追っているのと一緒ではないか。王は、我々が知るお姿ではないということか」

「そういうことになりますね」

(大変だ。これは、兄さんに知らせないと)

 ミーミルは唸った。

「所長。執務室を見せてはもらえませんか」

「なぜだ」

「手がかりが残っているかもしれません。獣の種類を特定できれば、見つけやすくなるはずです」

 カロスは「わかった」と頷くと、さっそくミーミルを連れて、王の執務室へと向かった。

「ここで王は消えたそうだ」

 カロスはそう説明した。

「嵐の夜。そこの川に面した窓が開いており、王のお姿は消えたそうだ。王は賊に連れ去られたのか。それとも川に落下したのではないか。もし、川に落ちたとなれば、あの日の水量から見て、無事でいるとは思えぬ」

 ミーミルは窓辺にゆっくりと室内を見て回った。途中、壁に小さな窪みを見つける。

「これは?」

「なにかあるのか?」

 カロスはミーミルのところに寄ってきた。ミーミルが窪みを押すと、壁の一部がぽっかりと穴をあけた。

(ここに実が隠されていた。やはり、王は自ら実を口にした)

 ミーミルの目の前には、王の姿が見える。病に伏せ、立っていることもままならない彼が、執務室に入ってくる。彼は周囲を気遣いながら、まっすぐにこの場所に遣ってくると、仕掛けを作動させ、中に納まっていた実を手に取ったのだろう。

 そして、そこには王を探す衛兵たちが駆けつけたに違いない。

(この実を食べるということは、なにか、王に差し迫った危機が訪れていたに違いない。それは賊なのか? いや——)

 ミーミルの脳裏には、シャウラの顔がよぎった。

(騎士たちはシャウラ宰相の息がかかっている。王をお助けできる者は、みな北部に送られていたのだから。兄さんも含めて——)

 ミーミルはその場から周囲を見渡した。すると、目に留まるのは、開いていた窓。

(やはり。王はこの場を逃れるために、あの窓へ。そして濁流へと身を投げた)

 そっと窓辺に近づく。外は眩しいくらいの青空が広がる。窓を開け放ち、眼下へと視線を向ける。太陽の光を受け、川面はきらきらと煌めいていた。

(しかし、あの夜は水量が増し、まるで怪物みたいに荒れ狂っていた。果たして王はご無事なのか)

 窓枠に手を触れると、ふわっとした物を見つけた。ミーミルは木枠に引っかかっていたそれを取り上げる。

「獣の毛……?」

 ミーミルはその毛を太陽の光に透かして見る。

「茶色。それから黒……。猫ではない。もっと違う、柔らかいけれど。犬かな?」

 毛の匂いを嗅ぐ。獣独特のにおいだ。ふわふわとして柔らかい毛の中に、少々堅い毛も混じる。

「犬、でしょうか。犬、かもしれません」

 ミーミルはカロスを見た。

「犬……」

「そうです。この毛。犬の毛に似ています。もしかしたら、違っているかも。似たような毛を持つ動物は複数います。けれど、一般的に多いのは犬かと」

「犬か。犬」

「はい」

 ミーミルが声を押し殺し返答したその時。突如として、執務室の扉が開いた。

「でかした。カロス」

 そこに立っていたのは、宰相であるシャウラだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る