第17話 セプテン城の実情
「字は読めますか」
きらりと光る眼鏡を指で押し上げたコルヴィスは抑揚のない声色だった。ユリウスは、幾分緊張をして「はい」と答える。
「いいでしょう。では、これは読めますか」
彼はかなり疑い深い性格らしい。ユリウスに一冊の本を手渡した。それは、建国の歴史について書かれていた。ユリウスは表紙を確認した後、表紙をめくる。それから、最初の部分を読み上げた。ユリウスの朗読にしばらくの間、耳を傾けていたコルヴィスは「結構です」と両手を打ち鳴らした。
「確かに文字は読めるようです。それでは、書くことはできますか」
コルヴィスはユリウスから本を受け取り直すと、適当な場所を開いて朗読する。ユリウスは、それを必死に手元にある紙に書き留めた。
しばらくの間、コルヴィスの試験が続いた。小さい頃から、様々な教育を受けてきた。国内で、ユリウス以上の教育を受けた者はいないだろう。コルヴィスはユリウスの様子を見て、感嘆の声を上げた。
「随分と上等な教育を受けたようですね。一体、どこで?」
「——覚えていません」
首を横に振る。コルヴィスは気の毒そうな顔を見せる。川の流れに巻き込まれて、記憶を失った可哀そうな獣人を演じていたほうがいいようだ。
「合格です。私の手伝いをしてもらいます。ここにいる人間は、武器を振るうことしか知らぬ者ばかり。師団長は別ですが。あの方は他の職務で忙しいので。私一人でとても困っていました」
「わかりました」
「では、まずはこちらに積みあがっている書類を読んで、日付順に並べ替えてください」
「わかりました」
コルヴィスはユリウスをじろじろと見ていた。彼の視線を受けながら、素知らぬふりをして、書類に手をつける。しかし、それでもコルヴィスの視線が外れることはなかった。ユリウスは「なにか?」と書類から視線をそらさずに問う。
(私の正体に気がついたのか? まさか。私はこの男とは面識がないはず)
心臓が鼓動を早める。この男はシャウラと通じているという。ここで疑われては元も子もない。ユリウスは努めて冷静になろうと、呼吸に意識を集中させた。
「いいえ。なんでもありません。作業を続けなさい」
コルヴィスの視線が外れた。ユリウスは内心、ほっと安堵する。コルヴィスはそのまま自分の席に腰を下ろすと、なにやら書きものを始める。それを横目で見ながら、書類の整理に意識を戻した。
(ここで、こんなことをしている場合ではないのかもしれない。けれど、私はこれからどうしたらいいのだろうか……)
王位を追われたに等しい状況だ。自分にもしものことがあれば、第一王位継承者であるカストルが王になるだけ。
(どうせ私は。王の器ではないのだ。みながカストルのほうが王に相応しと思っていること。私は知っている)
軽くため息を吐いて、書類を読んでいく。どうやら、そこにある書類は経費について書かれているものだった。
ユリウスはそれらを日付の順番に並べ替えていく。そんな作業をしばらく続けていると、ふとあることに気がついた。
(食費が随分と少ないものだ。ここに騎士は何人常駐しているのだろうか)
ユリウスはウルやトルエノの顔を思い出す。
(若い者もいれば、ずいぶんと年配の者もいる。それでも、大の男が勢ぞろいしているのだ)
購入しているのは、酒が主だ。ユリウスは思わずコルヴィスに声をかけた。
「食費とはこれだけで足りるものなのでしょうか」
書き物をしていた彼は、集中力が途切れたのだろう。むっとした顔のまま、彼はユリウスを見返した。
「国費は、王都で暮らす貴族様たちの生活や、南部の戦線の費用に回される。こちらに回ってくるのは、微々たるものだ」
「不足する分はどうする?」
コルヴィスは人差し指で自分のこめかみを叩く。
「ここを使う。そのためにあるのだろう?」
「頭を使うとは……?」
彼は大きくため息を吐いた。
「やはりどこかの貴族に囲われていたのだな。全くの世間知らず」
彼はきっぱりと言い切ると、ため息を吐いた。
「いいか。生き抜くには知恵が必要だ。ただ、本を読んでいるだけでは意味がない。得た知識は全て使う。これが生きていくための鉄則」
ユリウスは彼の言葉に感銘を受けた。
(確かに。教育とは、貴族のたしなみではないのだ。教育を受けたら、それを使う。それが当たり前のことであるというのに)
王宮にいる貴族たちは、色々なことを学んでいるというのに、それを使っている者は、あまり見当たらない。自分もそうだった。頭で考える前に、全てシャウラの言うがままだった。
自分の不甲斐なさに落胆したが、コルヴィスはお構いなしだ。
「魔物から町を守る我々は救世主にちかい存在だ」
「つまりは、町民たちが救世主である騎士団の生活を維持してくれているというのか」
「そうだ。彼らは食材の提供をしてくれている。それも無償で、だ。主に、穀物類、酒類、それから衣類や家財道具など、日常必要なものだ。肉や魚は、騎士たちが森に出向いて行って交代で調達してくる。野菜類は自分たちで育てている」
ユリウスは驚いた。そんな話は聞いたことがない。騎士たちの暮らしを支えるくらい、十分な予算があると、聞いていたのに。
「北部に送られてくる騎士たちは、王都では用済みの者ばかりだ。家族を王都に残し、単身でここにやってくる。いつ帰還命令が出るかもわからぬ先の見えない過酷な状況で、それでも、みなは互いに支えあい、いつか王都に帰還できると期待しているのだ」
コルヴィスはそう言った。彼は彼なりに、ここの騎士たちを冷静に分析しているのだろう。
「皆、よく尽くしてくれるものだな」
ユリウスの言葉に、コルヴィスは「ふん」と鼻を鳴らす。
「それ以外に方法などないのだろう。不器用な人間ばかりだ。お前は裕福な暮らしをしてきたらしい。生きていくということは、いいことばかりではないということだ。お前も働けなくなった時点で森に捨てる。働かない者を置いておくほど余裕ではないのだ。覚悟しておけ」
ユリウスはしっかりと頷いた。そんなユリウスの反応に満足したのか、彼は仕事に戻る。ユリウスも手元の書類に視線を落とした。
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