第49話 再会

 フェンリルは愛おしいその存在に触れていられるこの時間に幸せを感じていた。しかし、そんな時間は長くは続かない。扉がノックされたかと思うと、医官のクレアシオンが顔を出したのだ。とランブロスが顔を出す。

「目が覚めましたか」

 彼はユリウスとフェンリルが触れ合えるような場所に位置していることを見て、思わず視線を逸らした。だがしかし、ユリウスはうろたえることなく、「目を覚ました」と答え、ベッドから退いた。

 クレアシオンの後ろからはランブロスも顔を出す。彼はフェンリルの姿を見つけると、瞳を細めた。

「フェンリル。お前は王をしっかりと守った。勇敢なる騎士だ。私は誇らしく思う」

「ランブロス様……。このようなことになり申し訳ありませんでした。留守を預かり切れませんでした」

 ベッドの傍まで歩み寄ってきたランブロスに、フェンリルは頭を下げた。

「いや。お前はよくやった。町の者たちも、みんながお前の勇敢なる姿を褒め称えていた。礼を言うぞ」

 フェンリルは恐縮した。ベッドから起き上がろうとするが、痛みでからだが強張る。うまくはいかなかった。

「解毒が上手くいっても、回復には少々時間がかかります。無理は禁物ですぞ」

 クレアシオンは、ランブロスとは反対側から、フェンリルの肩に上着をかけた。

「おれは一体、どのくらい寝ていたのでしょうか。獣人たちとは、どうなりましたか」

 それに答えたのはユリウスだった。

「ほんの数日だ。オルトロスたちとは和解している。ここで争っている場合ではなくなってな」

「それはどういうことなのでしょうか?」

 フェンリルが問いを投げかけたとき、ウルたちも顔を出す。

「師団長!」

 ウルの後ろからはトルエノが微笑を浮かべて続く。それから、フェンリルの弟であるミーミル。彼は元気そうで、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら傍に来たかと思うと「ちょっと寝すぎだよ。寝坊」と言った。

「お前。無事だったか」

「兄さんが手配してくれたウルのおかげでね。危機一髪だったんだけど。無事だ。けど! 兄さんの命を救うために、珍しく頑張ったんだから。これでお互い様って感じだよね」

 事情が分からずにいると、ユリウスが説明をした。

「お前のからだには獣人の毒が回り、危険な状態だった。それを救うため、ミーミルが山の民のところに案内してくれたのだ。こちらは山の民の長。アニシア。私の祖母だ」

 フェンリルはそこでアニシアを見た。彼女はトルエノの後ろに静かに存在していた。まるで空気みたいで、いることに気がつかなかった。

 彼女はなんでも見透かしてしまうような鋭い視線も持ち主だった。漆黒の瞳は、タヌキの姿になる前のユリウスにそっくりだった。ユリウスと血縁であることは、一目瞭然であった。

 彼女はまるで品定めでもするかのように、静かにフェンリルを眺めていたが、ふと息を吐くと小さく頷いた。

「ありがとうございました。アニシア様」

「アニシアでよい。フェンリル」

 彼女は微笑を浮かべた。

「それより、早く服を来てくださいよ。師団長。大変なことになっているんですから」

 ウルは両手を頭の後ろで組むと唇を突き出した。

「どういうこと、なのでしょうか」

 フェンリルはランブロスに視線をやる。彼は眉間にしわを寄せ、険しい表情を浮かべた。

「北方の国タウルスが眼前まで進軍してきている。どうやらシャウラが手を組んだようだ。きっと、タウルスを国に呼び込み、自分の力とする算段だろう」

「シャウラ……。国を売るつもりですか。そこまで腐りきっていたとは」

「ユリウスだけではない。カストルもここに来ている。シャウラは、私も含め、王位継承権のある人間をタウルスとの戦いで始末するつもりなのだろう。王位継承権を持つ者がいなくなれば、貴族どもは混乱する。その混乱に乗じて、自分が権力を握るつもりだろう。騎士団長であるオリエンスも、魔法使いたちを束ねるカロスも自分の味方。そこにタウルスの軍勢が加わったとなれば、貴族たちは降参だ」

「なんと卑劣な」

 フェンリルは痛みを堪えながら、足を床につくと、ガウンの腰ひもを縛り上げた。。

「戦います。ここでタウルスを退ければ、シャウラの思惑の半分は潰せる」

 しかし、ユリウスは首を横に振った。

「事はそう簡単な話ではない。オルトロスに偵察をさせたところ、タウルスの軍勢はランブロス領にいる戦力の数十倍になるそうだ。それに悠長に構えている場合でもない。数日後には、建国記念の儀が行われる。シャウラはそこで、私とカストル、そしてランブロス候の死を宣言するつもりなのではいかと思うのだ。宣言されてしまっては、なかなか覆すには時間がかかる。私はこのような姿だ。国民に訴えたところで、ユリウスだとは信じてはもらえまい」

「では……。どうされるのですか」

 ユリウスはアニシアを見る。

「協力してくれますか」

 彼女は大きくため息を吐いた。

「私たちはすでに表舞台から姿を消した人間だ。だがしかし。この土地は守りたい。そして、かわいいユリアの子の頼みだ。断る理由はなかろう」

 そこでミーミルが口を挟む。

「アニシア様。王様を元の姿に戻す方法はないのですか。このままじゃ、なかなか活路は見いだせなくないですか?」

「獣人の実は、食したときから、その姿に変化し、元の姿に戻ることは叶わない。お前は一生、タヌキの姿のままだ」

 アニシアはそう言い切った。ユリウスの表情は翳る。緊急時だったとは言え、獣人の実を食べたことを後悔しているに違いない。フェンリルはユリウスを静かに見つめた。

 ランブロスはため息を吐く。

「我々には策はない。しかし、目の前まで侵略者どもが迫る。考え込んでいる場合ではない。ともかく、目の前の敵を蹴散らす。それしか方法はない」

 彼は力強く言った。

「例え戦力が天と地ほどの差があろうと、ここは私の領地。領主として、民を守ることは責務。命に代えてもここは守り切る」

 ウルやトルエノも頷く。

「そのためにおれたち北部警備師団がいるんですよね?」

「久しぶりで腕がなるぞ」

「爺さんのくせに。腕がサビきってんじゃねーの?」

「うるさい。若い者には負けんぞ。なんなら勝負するか」

 二人は睨み合っている。それをミーミルが止めた。

「ここで喧嘩しても仕方ないでしょう? 意気込みはわかりました。けど、それだけじゃ勝てませんよ。数十倍の差って、かなりですよ。いくら優秀な兵士揃いって言っても策を講じないと。勝てる戦も勝てなくなる」

 ミーミルの言い分は最もだった。

「策がなにかあるというか」

 フェンリルはミーミルに尋ねた。





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