#49
ルイの母親は、自分の娘――ルイの悪口をグチグチと言い、隣に座っている若い男に寄り添っている。
国蝶は「ご注文は?」という店主の言葉を無視して、ルイの母親のいる奥の席へと歩いた。
「なに? なんなのアンタ? つーか誰?」
平日の昼間だというのに、ルイの母のいたテーブルにはハイボールやチューハイなどのアルコールがあった。
時間的には、午後に自分が向かうと知らせておいたというに、この女は男と酒を飲んでいたのかと、国蝶は呆れてしまっている。
「連絡をしていた国蝶です。あなたの娘さんが働いていたアンナ·カレーニナの」
「へぇ、ホントに来たんだ? わざわざこんなクソ田舎に来るなんて、会社の会長さんってヒマなんだね」
自宅で待っていなかったことなど悪びれず、グイッとチューハイの入ったジョッキを飲み干すルイの母親。
近づかなくてもわかったが。
その顔はやはり化粧が濃く、不自然なつけまつ毛とエクステが目立つ。
さらに胸など強調した露出の多い服にマイクロミニショートパンツと、もうどう見ても五十歳を超えているだろう女性が、まるで十代や二十代の小娘がしそうな格好をしていた。
ルイの母親と一緒にいる男は、彼女の息子といってもいいほど若く、和柄のセットアップジャージを着ている見るからにガラの悪そうなタイプだ。
二人ともお揃いにでもしているのか、ピンク色の髪をしており、そのあまりのけばけばしさに、国蝶も思わず顔が引き
ルイの母親と若い男の元がそれなりに良さそうだったのもあって、なぜこんな格好とでも言いたそうだ。
「いや、私はあなたが娘さんの事情もろくに聞かされていないと思って……」
「あん? 事情? そんなの知らねぇし。つーかこっちはいい迷惑なんだよ。せっかくアタシが英才教育してやったってのに、入った会社で人殺しなんてしてマジで最悪だよ、あの子」
言い分はわかる。
ルイの母親がこう口にしてしまうのもしょうがない。
だがいくらアルコールが入っているとはいえ、それが母親の態度かと、国蝶は拳をグッと握ってしまっていた。
ルイの母親はまだまだ言葉を続ける。
「あの子せいでアタシはずっと苦労しっぱなしで、ようやく解放されたと思ったらこれだもん。マジでヤバくない? もう~生まなきゃよかったあんなの」
ルイの母親の言葉を聞いて、若い男はコクコクと頷きながらハイボールを飲んで笑っている。
さらには二人とも煙草を吸っては煙を国蝶へと吐き掛け、口には出していないが、さっさと帰ってくれとでも言いたそうだ。
国蝶は怒りを堪えながら思う。
こんな女からルイが生まれてきたのか。
人殺しをしたとはいえ、腹を痛めて産んだ娘のことをそこまで言うか。
ルイは犯罪こそしたが、慈愛の満ちたとても良い子だった。
努力家で失敗から物事を学べる聡明な娘だった。
とてもじゃないが、こんな女とは似ても似つかない。
「本気でそう思っているのか?」
思わず敬語を忘れる。
国蝶は身を震わせながらそう訊ねると、ルイの母親が答える。
「あん? 誰だってそう思うでしょ? 娘が犯罪者になっちゃったらさ」
その言葉の後。
国蝶は目の前にあったテーブルをひっくり返した。
テーブルの上にあった唐揚げとアルコールが飛び散り、服が汚したルイの母と若い男は、椅子から立ち上がって国蝶へと喰ってかかる。
「なにすんだババアッ!」
「やっちゃってよこんなクソババア!」
胸倉を掴んできた若い男。
ルイの母は、そんな男を
だが、国蝶は
隣のテーブルへと叩きつけ、若い男は背中を強打したせいか、呼吸ができなくなっているようでもう向かっては来ない。
「な、なんなんだよアンタは!? アタシだって被害者だよ!?」
ルイの母が「こんな真似をしてタダで済むと思っているのか」と、「すぐに警察を呼んでやる」と、後退りながらも声を荒げている。
国蝶はそんな彼女に近づき、その顔を引っ叩いた。
「貴様はあの子の……ルイの母親などでは断じてない! 貴様のような人間が……あの子を悪く言うなッ!」
そう怒鳴りつけ、ルイの母親を放った国蝶は、店主のもとへ向かうと、財布から金を出して店を後にした。
店を出て行くその背中に、最後まで罵詈雑言を浴びせてたルイの母親だったが、もう国蝶は彼女のことなど気にも留めていなかった。
ただルイのことが不憫でならないと、彼女の目からは涙が滲んでいた。
「ルイ……。お前は……とっても苦労したんだろうねぇ……」
無意識に言葉を漏らした国蝶は、そのまま駅へと足早に向かっていった。
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