#24
ルイたちが泊めるホテルは外国人観光客向けの安宿だった。
六本木の中心にあり、公共交通機関まで三百五十メートル。
エアコン、無料Wi-Fi完備で自炊ができるキッチンと浴室は共用で使用できる。
料金は一泊で個室ならば約四千円、相部屋ならば約二千円で、キャンセル料は無料、まさにバックパッカーのためのホテルだ。
白人女性が受付をやっており、ルイは慣れた様子で英語で宿を取り、クロエに言われて個室を選択。
予約などはしていなかったが、先にインターネットでクロエが調べてた通り、部屋は空いていた。
部屋の広さは三畳とかなり狭かったが、清潔な洋風の室内とベットがあり、特にこだわりがないルイからすれば何も問題はない。
荷物を置き、ルイはクロエに訊ねた。
さて、これからどうやって貿易会社アンナ·カレーニナから子供たちを救うのだと。
子供たちがオークションに出されるのは明後日だ。
それまでになんとかして助け出さなければいけない。
「クロエのことだから当然なにか考えてるんでしょ?」
ルイに焦りはなかった。
彼女はインドで知ったクロエの頭脳や能力を信じている。
きっとなんとかしてくれるはずだと、訊ねらながらもかなり楽観的な様子だ。
もう出かけるつもりもないようで、着ていたリクルートスーツを雑に脱いでは、ベットに放り投げて早速寝巻に着替えている。
「まあ、いざとなったらクロエが強引にさらっちゃえばいいか。作戦も何もいらないね」
《何をふざけたこと言ってるの》
だらしなくベットに寝そべったルイに、クロエは
クロエは、たしかに普通の人間をはるかに超えた動きをすることが可能だ。
脳の働きコントロールできる彼女ならば、どこにでもいるルイのような女性の身体であっても、一流のアスリートや格闘家をも
だが、それは身体に無理をさせているようなものであり、実際の体力や筋肉量はルイのままである。
「つまりは……ごめん、よくわかんない」
《じゃあ、わかるように言いましょうか。ようは50ccのバイクに、無理やり大型トラックのエンジンを付けちゃうって感じかしら》
「原付きに例えられたのはイヤだけど、意味はわかったよ」
《ともかく、あのときみたいに動くのは燃費が悪いのよ。元々はアナタの身体だからすぐにガス欠になっちゃうの》
クロエは、体力の消費を考えて戦っても、相手できるのは八人くらいだろうと言う。
時間的には約十分くらい。
たしかに、普通に考えて全力疾走を続けられる人間などいない。
アデノシン三リン酸をエネルギー源とする非乳酸系の無酸素運動で、最大の運動強度を持続できる時間はおそよ八秒といわれている。
百メートル走で十メートル毎の各区間のスピードを計測してみると、オリンピック選手でも八十メートル以降はスピードダウンしているという研究結果もある。
そもそも若いとはいっても、ルイは日頃から鍛えているような人間ではない。
それで貿易会社にたった一人で乗り込み、そこにいる全員をぶちのめすなど、とても無茶な話だった。
「そこはなんとかなんないの?」
《世の中はそんな都合よくできていないのよ。今時映画や小説だって、そんな簡単に問題が解決したりしないわ》
「でも、ここ最近じゃ主人公が不思議な力を手に入れて無双するってのが、流行ってるみたいだよ。なろうとかいうジャンルの」
《そうなの? それは知らなかったわ。でもまあ、実際にワタシたちだけの力じゃ、子供たちを救うのは難しいわね。だからこそ、あの
クロエがそういうと、ルイはベットからガバッと身体を起こした。
その表情はパッと明るいものになっており、やはりクロエは考えてくれていたと、実に嬉しそうだ。
「やっぱクロエは頼りになるね。じゃあ、早速その軽墓さんに連絡を取ろう!」
ルイは立ち上がると、先ほど寝巻になったばかりだというのに、またリクルートスーツに着替え始めた。
そんな彼女の様子を見て、クロエはただ呆れている。
《ホント行動力があるというか、慌ただしいというか……》
「なにごちゃごちゃ言ってんの? ほら、さっさとその人にいろいろ聞こうよ」
そしてルイは、クロエが呆れているのを無視し、部屋を飛び出していった。
まともな人間ならまずクロエとの共存生活や、犯罪組織を相手にするとなればもっと悲観的になりそうなものだが。
ルイは常に前向きに行動する。
そんな彼女に対し、クロエは考えなしな娘だと思いながらも、共有する脳から心地よさを味わっていた。
馬鹿は嫌いだが、けして悪くない感覚だと。
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